不幸なフーコ(3)

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ライト文芸

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2話

 進学した高校は、公立高校の滑り止めとして機能しているような学校だ。特進コースですらそんな有様だから、クラスの何人かは新学期への期待感ゼロの、沈んだ顔をしていた。

 中学の同級生の茅島さんは、まさしくそのタイプだった。

 絶対に落ちるはずがないと担任から太鼓判を押されていたにもかかわらず、入試に失敗した。「絶対」という言葉には信憑性がないのだということを知った、十五の春。

 彼女は教室では、浮いていた。なんとなく、まとう雰囲気から敬遠されていたが、決定的になったのは、授業が本格的に始まってから。

 それまでは、誰もやりたがらないクラス委員に立候補して、感謝されている節もあった。

 一応、特別進学コースを名乗っているわけなので、授業の進むスピードはそこそこだ。中学で習った事項の確認、なんて悠長なことをしている時間はない。

 特に数学は、担当教師のクセも強くて、なかなかにハードだった。いつも唇を尖らせている無表情で、「はいこれわかったね、次」と、こちらの反応を無視して、次の例題に入ってしまう。

 中には根っからの文系で、四則計算すら電卓ですれば事足りるじゃん! と思っている子もいる。そういう子はちんぷんかんぷんなまま、五十分を過ごす。そして終わった後に、数学が得意な子に、

「今日やったところ、教えてほしいんだけど」

 と、頼み込む。

 お願いのターゲットになったのは、茅島さんだった。眼鏡をかけて、常にインテリ然としていて、自らクラス委員に名乗り出る責任感の強さから、みんな、彼女なら快く協力してくれると思っていたのだ。

 けれど、そうはいかなかった。

 笑顔で「数学、苦手なの」と両手を合わせて頼んでくるクラスメイトたちを、茅島さんは鼻で笑った。

 こんなのもわかんないのに、なんで特進クラスにいるの? と。

 真面目な人は、イコール親切な人だと思われがちだ。真摯に相手に向き合ってくれそうなイメージがある。

 茅島さんに期待されていたのは、「しょうがないなあ」と言いながらも、きちんと段取りから教えてくれるという役割だ。

 裏切られたと感じたクラスメイトは、ざっと引いた。それでも何人かは、茅島さんに縋りついた。

 深々と溜息をついた彼女は、「きちんと授業を聞いていればわかることでしょ」と言って、答えだけ言った。正答の値くらいはみんなメモしていることだから、何の役にも立たない。そこにたどり着くに至る過程を知りたいのだ。

 茅島さんは、孤立した。彼女に教えを請うていた子たちは、私のところに来るようになった。観察していれば、私がどの教科もまあまあできるということは、すぐにわかる。

 放課後、取り囲まれた私を見て、席を立った茅島さんが言う。

「北高落ちに聞いたって、無駄じゃない?」

 北高というのは、市内で二番目の偏差値の公立高校だ。茅島さんが落ちたのは、一番上の南高。落ちた学校であっても、偏差値五の差が彼女のプライドなんだろう。

「ちょっと! 茅島!」

「何言ってんの、あんた」

 周りのクラスメイトが怒ってくれるけれど、私は腹も立たなかった。

 だって。

「私、北高受けてないよ。この学校専願だもん」

 さらりと応じると、茅島さんの顔色が変わる。

 努力次第では、南も合格圏内だったし、北高なら余裕で合格すると言われていた。三者面談で、母と担任の両方から「どうして公立を受けないんだ」と散々に言われたことを思い出す。

 この地域では、公立信仰がまだまだ根強い。都会とは事情が違うのだ。

 公立を受けてもいいけど、一番下のレベルの学校なら、という条件をつけたら、母はヒステリックに怒鳴り散らしたし、担任は理解できないという顔をしていたっけ。

 結局、今通っている百合が原女子の特進クラス、しかも特待生として入学するという案をこちらから出して、どうにか妥協してもらった。

 有言実行した私を、それでも母は、褒めたりしなかった。

 茅島さんは……どうなんだろうね? 特待生って話、聞いたことないけど。

 いずれにせよ、彼女に馬鹿にされるいわれはない。結局、同じ学校に通っているんだから。

「おあいにく様。私はこの学校に通いたかったの。あなたと違って」

 なるべく感情を込めずに、クールに言い放つと、痛烈な攻撃になった。

 茅島さんは真っ赤な顔をして拳を握り、肩を怒らせてずんずんと無言で教室を出て行った。鞄はそのままだから、頭を冷やしに行ったんだろう。

 しばらく呆気にとられて彼女の後ろ姿を見送っていたクラスメイトたちは、わっ、と声をあげた。

「もう、マジすっきり!」

「茅島、ほんっとーに感じ悪かったもんね。頭いいかもしんないけど、守谷とは大違い」

「ほんとそれな」

 賑やかなクラスメイトたちを、私は「まぁ、彼女には彼女なりの悩みとか苦しみがあるんだよ、きっと」と、苦笑いしながら諭した。

 おっとなー、という歓声を浴びつつ、私は帰り支度をする。

「帰るの? 今日、お礼になんか奢ろうと思ってたんだけど」

「あー。ごめんね。また今度にしてくれる?」

 とは言うものの、次の機会は訪れないだろう。

「今日もあの子と一緒に帰るの? 大変じゃない?」

「いや、別に。もう慣れたものよ。小学校のときからの付き合いだもん。じゃあね。これ以上待たせると、あの子に悪いから」

4話

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