「よっし、送信……っと」
案件がひとつ片づいた解放感から、千隼は力強くエンターキーを押して、データを納品した。独り暮らしのマンションの部屋に、「ッターン!」という軽快な音が響く。
無事にアップロードが済んだのを確認して、パソコンモニターに貼ってあった付箋をひとつ剥がす。そのまま大きく伸びをすると、肩から背中にかけて、バキバキに凝っているのがわかった。
千隼は小さな溜息とともに、立ち上がる。
クライアントのミスで、〆切が早まったため、昼も食べずにずっとパソコンの前に座りっぱなしだった。徐々に日が長くなる季節だが、窓の外はすでに夕焼け色に染まっている。
ちょっと早いけど、いいよな? 頑張ったし!
鼻歌交じりにキッチンへ向かい、冷蔵庫からハイボール缶を取り出す。
つまみは面倒なので、スナック菓子でいいか。何度か爪を引っかけながら、プルタブを開けた。
パソコン前に戻ると、通話アプリのアイコンが点滅していた。
ナイスタイミング。まるでこの状況が見えているかのような幹男からの通話の誘いに、千隼は素早くアプリを立ち上げて、通話ボタンを押す。
『何。あんたこんな時間から飲んでるの? やーね』
開口一番、千隼の手の中の缶を見て、文句を言う友の声は野太い。画面に映るのは、学生時代はラグビーに打ち込んでいたという、タンクトップから覗く腕も逞しい男である。
「うらやましいんだろ? 今日はもう、終わりだもんねー」
ハイボール缶を見せつける。ポテトチップスを二枚銜えて、くちばしのような状態で煽ると、幹男はキーッと発狂した。たぶん、手元にあればハンカチを噛みしめているところだろう。
彼も自分もまた、社会に馴染むことができずに、フリーランスで働くことを選んだ人種だ。
自宅でひとりで仕事をすることは、自分らしく生きるという点ではいいが、ときには寂しくなることだってある。
今日は幹男からだったが、息抜きのビデオ通話は、よほど切羽詰まったとき以外は付き合うべし。お互いに約束している。
歯ぎしりしながら、ミネラルウォーターで我慢している幹男との近況報告は、男関係の話になるのが常であった。
『それで? あんた、まだ例の男と付き合ってんの?』
パリン、とポテトチップスを割り砕いた。咀嚼とともに、もやもやした何かを飲み下す。
「付き合ってはいないんだけどね、今も昔も」
『はぁ? そんなこと言いながら、もう五年くらいになるんじゃないの?』
正確には六年だったが、千隼はすすんで訂正することもなかった。
『相手、ノンケだったっけ?』
「そ。だから信用できない」
物心ついたときにはゲイを自覚していた千隼と違い、相手はもともとノンケだ。現状、セックスについては文句なく付き合ってくれるものの、身も心も委ねるわけにはいかない。
手ひどいしっぺ返しを食らうのは、もう嫌だ。ゲイじゃない男との付き合いで、傷つくのはいつだってこちら側。
>2話
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