恋は以心伝心にあらず(1)

スポンサーリンク
BL

「よっし、送信……っと」

 案件がひとつ片づいた解放感から、千隼ちはやは力強くエンターキーを押して、データを納品した。独り暮らしのマンションの部屋に、「ッターン!」という軽快な音が響く。

 無事にアップロードが済んだのを確認して、パソコンモニターに貼ってあった付箋をひとつ剥がす。そのまま大きく伸びをすると、肩から背中にかけて、バキバキに凝っているのがわかった。

 千隼は小さな溜息とともに、立ち上がる。

 クライアントのミスで、〆切が早まったため、昼も食べずにずっとパソコンの前に座りっぱなしだった。徐々に日が長くなる季節だが、窓の外はすでに夕焼け色に染まっている。

 ちょっと早いけど、いいよな? 頑張ったし!

 鼻歌交じりにキッチンへ向かい、冷蔵庫からハイボール缶を取り出す。

 つまみは面倒なので、スナック菓子でいいか。何度か爪を引っかけながら、プルタブを開けた。

 パソコン前に戻ると、通話アプリのアイコンが点滅していた。 

 ナイスタイミング。まるでこの状況が見えているかのような幹男みきおからの通話の誘いに、千隼は素早くアプリを立ち上げて、通話ボタンを押す。

『何。あんたこんな時間から飲んでるの? やーね』

 開口一番、千隼の手の中の缶を見て、文句を言う友の声は野太い。画面に映るのは、学生時代はラグビーに打ち込んでいたという、タンクトップから覗く腕も逞しい男である。

「うらやましいんだろ? 今日はもう、終わりだもんねー」

 ハイボール缶を見せつける。ポテトチップスを二枚銜えて、くちばしのような状態で煽ると、幹男はキーッと発狂した。たぶん、手元にあればハンカチを噛みしめているところだろう。

 彼も自分もまた、社会に馴染むことができずに、フリーランスで働くことを選んだ人種だ。

 自宅でひとりで仕事をすることは、自分らしく生きるという点ではいいが、ときには寂しくなることだってある。

 今日は幹男からだったが、息抜きのビデオ通話は、よほど切羽詰まったとき以外は付き合うべし。お互いに約束している。

 歯ぎしりしながら、ミネラルウォーターで我慢している幹男との近況報告は、男関係の話になるのが常であった。

『それで? あんた、まだ例の男と付き合ってんの?』

 パリン、とポテトチップスを割り砕いた。咀嚼とともに、もやもやした何かを飲み下す。

「付き合ってはいないんだけどね、今も昔も」

『はぁ? そんなこと言いながら、もう五年くらいになるんじゃないの?』

 正確には六年だったが、千隼はすすんで訂正することもなかった。

『相手、ノンケだったっけ?』

「そ。だから信用できない」

 物心ついたときにはゲイを自覚していた千隼と違い、相手はもともとノンケだ。現状、セックスについては文句なく付き合ってくれるものの、身も心も委ねるわけにはいかない。

 手ひどいしっぺ返しを食らうのは、もう嫌だ。ゲイじゃない男との付き合いで、傷つくのはいつだってこちら側。

2話

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました