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<25話
「僕はそういう愛し方しか知らないから。だから、仲良くなりたい人にはひたすらいっぱいプレゼントを贈ってた」
幸い、手元に金はあるし、もらったままになっているものもたくさんある。
仕事場にかぶっていった帽子に、「それどこの?」と誰かが興味を示せば、「あげるよ」と渡す。そんなことをしていたら、朝身につけていたアクセサリー類がほとんどすべて、帰りにはなくなっていたこともある。
けれど、本当に親しくなりたいと思った人は、一度しか受け取ってくれなかった。二度、三度と渡そうとすると、眉を下げて笑い、手を横に振った。
初めてのドラマで父親役を演じ、素人同然の香貴を励ましてくれたベテラン俳優も。兄のような存在であった脚本家も、香貴の愛は受け取ってくれなかった。
逆に、擦り寄ってくる人間も多かった。彼ら彼女らは、香貴がプレゼントをすると最初のうちは「嬉しい」「ラッキー」と大喜びをする。香貴ももちろん嬉しい。自分の気持ちを受け取ってくれたのだから、当たり前だ。
しかし、時が経つにつれて、彼らの態度は冷淡なものになっていく。ありがとうの一言すらなくなる。そしていつも、何も言わずに香貴の前から消えるのだ。
その度に傷ついて、けれど誰も教えてくれなかったから、親愛の情の示し方がわからない。恋愛をメインに据えた作品に出演することはあっても、それはフィクション。作り事のきれい事だ。結局香貴には、愛し方がわからない。
「でも、涼さんが」
「俺が?」
ぐっと指に力が入った。握りこまれ、引き寄せられる感覚。手のひら同士はぴったりとくっつき、クリームはすでに熱で溶けてしまっている。
「涼さんが、真剣に怒ってくれた。言葉だけじゃわからない僕のために、花の世話を通して、根気よく教えてくれた」
じっと見つめてくるまなざしは、バラの花に注がれるものと等しく、熱を帯びている。もしも自分が女性だったら、勘違いして迫ってしまいそうなほどだ。
普通よりも、香貴は愛に溢れた人間なのだと思う。大切な祖父母にも、自分のファンにも等しく愛情を返すことのできる人間だ。ただ、受け渡しが下手なだけ。無自覚に、無差別に繰り出されるプレゼントがなりを潜め、他の手段で人に愛を示すことができるようになれば、きっと。
……きっと?
途端に涼は、胸が締めつけられるような苦しさを覚えた。もっといろんな人と仲を深めていくのだろう。彼の家を訪れる人物も増えるに違いない。その中には、彼と付き合い、結婚に発展するような相手だって。
涼は力いっぱい、香貴の手を振り払った。傷だらけで乾燥した、お世辞にも美しいとも触り心地がいいともいえない手。彼のまだ見ぬ愛する人のそれと比べてしまい、急にむなしくなった。
ああ、もっと前からケアしていれば、少しは違ったのかな。
ここまで無抵抗で好きにさせていた涼の突然の行動に、香貴は目を丸くしている。宙ぶらりんになった彼の手は、二度三度と空を掴み、やがてぱたりと力をなくした。
「ハンドクリームは、誰かからもらったものじゃない。僕が、涼さんのことをあれこれ考えて買った、本当の、心からのプレゼントだから……使わないなら、誰かにあげてもいいよ」
最後の付け足しは、聞き取れるギリギリの小さな声だった。ハッと涼が顔を上げたときには、香貴は微笑んでいた。他人への譲渡を許可する言葉は、ファンが贈り物をするときに決まって言う台詞だった。
今初めて彼は、彼女たちの気持ちに思い至ったのだろう。本当は、誰にも譲らずに使ってもらいたいのだと。謙遜と社交辞令の裏に、どれだけの気持ちが込められていたのかを。
そして、彼女たちの表向きの言葉どおりに、ほいほいと気軽に横流ししていた自分を、恥じている。
涼はハンドクリームを手にした。
「大切に、使うよ」
効果のあるなしはどうでもいい。香貴が初めて、真剣な気持ちでくれたプレゼントだ。涼にできるのは、少しずつ、でも最後まで使い切って、香貴への感謝を示すことだけ。
いつか、彼が本当に愛する人に贈り物ができるようになるまで、自分は彼の気持ちを、兄貴分として受け止めよう。
涼の言葉に、香貴ははにかんだ笑みを浮かべた。
>27話
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