二週間の恋人(20)

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19話

 俊平が呼んだタクシーに乗せられた。要が自分から喋らないのはいつものことだとしても、俊平までもが無言のままでいるので、重苦しい沈黙が車内を覆っていた。 

 しばらく車窓を眺めていた要だったが、次第に落ち着きをなくしていった。見覚えのある景色。それこそ高校時代、何度も通った道だ。

「どうして……」

 笠原運輸の看板が見えた。運転手はその建物の前に、停車した。うろたえている要を、俊平は引っ張り下ろし、裏口、つまりは笠原家の自宅玄関に歩みを進める。要が止める間もなく、彼はチャイムを押した。

「先日お話しした、新田ですが……」

 彼は、どこで陽介の家族と話す機会があったのだろう。平日は、授業研修の準備等で時間はなかった。疑問を抱いている要に気づいたのか、俊平は、「あの後ずっと、お墓の前で待ってたんです。月命日だと思ったから」と語った。あと、あの場所を教えてくれたのは校長先生です、とも。

 玄関口に姿を現したのは、陽介の母だった。彼女は、背の高い俊平の背後にいる要を見つけて、表情を明るくした。

「お久し、ぶりです」

 高校時代、遊びに来る度に、「うちの子の赤点、なんとかしてやってよ」と豪快に笑っていた彼女のことを、思い出す。あのときとは違い、彼女の笑みは、ひっそりとしていた。

 二人は中に案内され、要は初めて、陽介の遺影が置かれた仏壇に、手を合わせた。今までの不義理を謝罪すると、母親は首を傾げた。

 毎月、お墓を掃除してくれているのはあなたでしょう、と。

 要は思わず、俊平を見た。彼は首を横に振った。ということは、俊平と墓前で会う前から、彼女は要がこっそりと墓参りに来ていることに、気づいていたのか。

「なかなか会うことができなかったから、渡せなかったの」

 そう言って、仏壇の引き出しから取り出したのは、何の飾り気もない、茶色い封筒だった。息が止まるかと思った。

 要へ。そう書いてある。右肩上がりになる癖がある、陽介の字だった。

「これは」

「陽介が死んだ後、遺品整理をしていたら出てきたの。喧嘩、してたんでしょ? どうせうちの陽介が悪いんだから、きっと、謝罪の手紙ね」

 違う。一方的に悪いのは、俺です。言うことはできない。舌が貼りついて、動かなかった。

 震える指のせいで、なかなか便箋を取り出すことができない。俊平は、見つめているだけで、手を貸すことはしない。時間をかけて、どうにか取り出すことに成功する。

 手紙を開くと、文字だけではなく、懐かしい匂いまで蘇った。テスト勉強をしているとき、それに疲れて、ベッドに寝転んだとき、彼の部屋の匂いだ。

『要へ。電話もメールも返してくれないから、手紙にするわ。なんか、書き慣れないから緊張するなあ。

 オレはお前を怒らせた原因に、心当たりがない。いや、すまん。うそだ。お前がオレと話したくない理由を、オレは知ってる。たぶん、正確に。

 ごめんな、要。オレとキスしたの、撮られてたんだってな。お前までホモだホモだってバカにされんのは、つらかったよな。

 オレのことは、気にすんなよ。ホモってことは……要のことが好きだってことは、今も変わらないし、事実だから。お前はきっと、ぐちゃぐちゃになやんでんだろうけど、オレは平気だから。

 お前が傷つくほうが、やだし。そんならオレが、いくらでも悪者になってやる。要のことが、好きだから。

 ここまで書いて思い出したんだけど、オレ、お前の東京の住所知らないや……ま、そのうち渡す機会もあるだろ。じゃあな。陽介』

 陽介の声で再生された。屈託のない笑顔で、頭をぽんぽんと優しく叩く。その感触までも、はっきりと感じる。

 駄目だ。要は眼鏡を外し、天を仰いだ。彼からの手紙を濡らすことなんて、できない。目の端から零れた雫が、こめかみを通って、落ちていく。

 俊平は、黙って隣に座っていた。八歳年上の男が泣いているのは、格好悪いだろう。それに、今この瞬間はまだ恋人である要が、他の男からの手紙を読んで涙しているのを、どういう気持ちで彼は、見ているのだろうか。

 陽介の母に差し出されたティッシュで涙を拭き、落ち着いたところで、手紙を懐に閉まった。彼女は、「いつでも来てね」と要の手を握った。必ず、と答えて、要は俊平とともに、笠原家を退出した。

 タクシーを拾って、一度学校まで帰らなければならない。一番日の長い頃とはいえ、もう日没時間はとうに過ぎている。

 帰宅のために車量が多くなった通りを、二人で歩く。塾帰りなのか、学生が自転車を飛ばしている。チリン、チリン。ベルを鳴らされて、要と俊平は、それぞれ左右に別れた。

「すいませんでした」

 どうして謝るのか、要にはわからなかった。胸のポケットに入れた陽介からの最後の手紙は重いが、気持ちは軽くなっている。

「過去を、勝手に暴くみたいな真似をして」

 いや、いいんだ。要は首を横に振った。

「証拠を見せろと言ったのは、俺だ」

 力強く言い切ると、俊平は泣きそうな顔で、笑った。その姿が、どうしてか、卒業式の日の陽介と重なって、要はぱちぱちを目を瞬かせる。

「それでも先生は、俺に恋をしようとは、思わないでしょう?」

 ああ、そうか。

 腑に落ちて、要は細く息を吐く。

「この二週間、本当に楽しかったです。実習は、大変なことも多かったけど、先生の傍にいる時間を増やしたかったから、頑張れました」

 ギリギリのところで、手に入れることを諦めてしまった人間の顔は、誰もがよく似ているのだ。

「残り二日間の実習、よろしくお願いします」

 頭を下げた瞬間、俊平は、必死の思いで恋する男から、誠実で実直な教え子へと、変貌した。

21話

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