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<20話
言葉通りに、俊平は実習生としての距離感に戻った。言い合いをした後の極端なものではなくて、数学準備室に立ち寄って、他愛のない話をすることもある。
それが正しい関係性だとは、わかっている。だが、要は、俊平が一歩踏み込んでくるのを、いつも通り期待してしまった。すっと引いていく俊平は、物足りなくて、イライラした。
二週間で、ずいぶんと慣らされたものだ。嫌になる。実習生用の教室へと戻る俊平を見送って、要は一人になった。
ぼんやりと、外を眺める。どこかのクラスが、外で体育の授業をしているらしく、わぁわぁと声が聞こえてくる。
「溜息をつくと、幸せが逃げていきますよ。瀬川先生」
突然背後から声をかけられて、振り返る。驚きのあまりに声は出ないし、勢いがついて、手をぶつけた。
北見校長だった。失礼、ノックをしたけれど返事がなくてね、と彼は笑っている。
「いえ。昔は、北見先生の城だった場所ですから……」
要は椅子を勧めるが、彼はすぐにお暇するから、と断った。
校長は、ただ要を見つめていた。これこそ、慈愛の眼差しである。
「この間、私は、元に戻ったみたいだと、瀬川先生に言ったね」
と、静かに切り出した。全校朝礼のとき、どれだけ生徒たちが集中力を欠いていても、この調子で流れるように話を始めると、落ち着いた空気になるのだ。要もまた、彼の話に集中して、耳を傾けた。
元に戻ったという言葉を、要は、陽介のいた高校時代に戻ったのだと解釈していた。俊平が陽介に似ていたから、彼に釣られたのだ、と。
だが、校長は目を和らげて、続けた。
「でも、それは違ったみたいだ。君は、戻ったんじゃない。変わったんだ。先に進むことを、選び取れるようになったんだね」
「え……?」
校長は、要の人生の大部分を知っている。陽介とじゃれていた青春の日々も、陽介を失って、引きこもっていた暗闇も、すべて。
母校で働くようになってからも、校長の目には、要は一歩も進まずに、停滞しているように見えていたのだ。そして彼は、心配しながらも、過干渉になることなく、見守ってくれた。
「未来を、選び取る……」
時間を、自分の前を流れ去っていくものとしてではなく、舵を取り、乗り越えていけるものとして捉えることが、今の自分にならば、できるのだろうか。
校長はきっと、要がどんな選択をしても、今と同じように微笑んで、言葉をかけてくれるだろう。そう思った。
>22話
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