高嶺のガワオタ(40)

スポンサーリンク
ライト文芸

<<はじめから読む!

39話

「なぁ、品川。俺の言ったこと、覚えてるか? 子供を侮るなってやつ」

「はい」

 忘れるはずがない。

 特撮ドラマは作り物だ。異形の化け物や宇宙人も、それを倒す正義の変身ヒーローも、この世には存在しない。そこにいるのは役者であり、彼らの演技によって特撮の世界は支えられている。

 飛天たちが行うキャラクターショーは、もう一段階ヴェールを重ねるようなものだ。子供たちにとっては、テレビで見るヒーローがホンモノ。遊園地やイベント会場で見るヒーローは、そのホンモノに近づけなくてはならない。

 子供たちはすぐに、ニセモノを見抜く。少しでも気を抜けば、彼らはショーから離脱していく。

 だから、子供を侮った演技をしてはいけない。

 高岩は、大きく頷いた。

「特撮は子供のためのもの。大人のファンよりも、子供を優先しなければならない。いついかなるときも、だ。そういう意味じゃ、昔のお前が言った、『特撮なんてガキっぽい』ってのもあながち間違いじゃないんだ」

 今のお前は、どう思ってるんだ?

 問われ、飛天は映理に視線を向けた。彼女自身は何も口にせず、飛天を見守っているだけだ。映理の目に映る自分を覗き込みながら、飛天は、ゆっくりと口を開いた。

「俺は……特撮はやっぱり、子供のためのものであってほしいと思います」

 でもそれは、過去に自分が揶揄したような意味合いではない。

「心のよりどころにする子供もいる。ただ、悪い奴を倒すのが楽しいと思う子供もいる。怖くていやだって言う子供も、たまにはいます」

 映理はそこで、くすりと笑った。自分の幼い頃を思い出したのだろう。

「大人になるにつれて、忘れるかもしれない。でも、ふとしたときに思い出して、懐かしい気持ちになることもあるんじゃないかなって」

 どちらかといえばこの半年余り、濃い特撮オタクとばかり絡んできた。ショーでカメラのシャッターを切りまくる映理に、自分で映画を作ってしまう太陽。でもやはり、彼らのような人間は少数派だと飛天は思う。

 子供のときから特撮を見続けて、ああでもないこうでもないと考察や批判をする人間は一部なのだ。ショーにやってくるのは家族連ればかりで、いわゆる「大きなお友達」と言われる大人のファンは、実は固定化されている。

 映理もそうだが、「ああ、またあの人がいる」と認知してしまう程度には、熱心なファンは少ないのだった。

「特撮って、輪っかみたいだと思うんですよ、俺」

「ふぅん?」

 高岩は面白そうだな、という顔で飛天の言葉の続きを待つ。

 特に明確な主張があるわけではない。ただ、頭の中に流れてくる考えを、そのまま言葉として吐き出しているだけだった。

「モチーフが結構、被るじゃないですか。自動車だったり恐竜だったり、子供に人気のあるもの。親になって子供と一緒に見たときに、『そういえば』って思い出して、会話も弾むかもしれない。一度は卒業した特撮番組に、戻ってきてくれる人もいる」

 そうやって年代を超えて循環していくコンテンツを、飛天は他に知らない。日本中どこでも番組を見ることができて、毎週末にはキャラクターショーやイベントをやっている。玩具を手に取れば、まるで自分がヒーローになった気分にもなれる。

 そこまで考えて、飛天は特撮は子供向け限定の番組ではないな、と意見を変えた。

「特撮は、家族のための番組であって……人間のためのドラマのような気がします」

 話を終えたとき、高岩は目を閉じていた。なんとなく声をかけるのが憚られて、飛天は彼の前に立ったまま、もじもじと貧乏ゆすりをする。

「品川」

「は、はい」

 目を開け、名前を呼んだ高岩は、ばさりと飛天の頭の上に何か赤いものを被せる。咄嗟のことに反応できず、視界を覆い隠された飛天は、それが一体なんなのかわからない。

「わっ」

 と短く悲鳴を上げ、いささか乱暴に渡された赤を頭から取り除き覗き込む。

 飛天は一瞬にして、言葉を失った。

 今テレビで放送されている戦隊のレッドのスーツだ。高岩が演じてきたのを、ウサギの中からずっと見ていた。

「た、高岩さん、これは」

 声が上擦った。飛天は一般戦闘員(俗に言うザコ)ですら演じたことがないのだ。レッドのスーツを手にすることなんて、夢のまた夢だと思っていた。

「実は俺、転職すんだわ」

「はい?」

 唐突な話の展開に、飛天の頭はついていけない。

「母校の養成所の講師に誘われていてなあ。そろそろ俺もいい年だし、ショーの主役は後進に譲ってやらねぇと」

 びしりと高岩の指が、飛天の鼻先につきつけられる。不敵な笑みに、ごくりと喉を鳴らした。

「来週末がお前のデビュー戦だ。ヒーローになって、自分が正しいってことを証明してこい」

「え?」

 飛天はぴたりと動きを止めた。高岩を引き継いでレッドを演じられるのは、嬉しい。だが、来週末?

 もう十日しかないではないか。

「頑張ってくださいね!」

 そう言う映理は、もう帰宅しようとしている。なぜ一人で帰ろうとするのか聞くと、「ヒーローの秘密特訓を、一般人の私が見てはいけないのです!」と、わかるようでわからないことを言った。

 結局飛天は、手を振って、映理を見送ることしかできなかった。そして覚悟をもって振り返る。

 高岩は、「さーて、ビシビシ行くからなぁ」と言いながら、首をゴキゴキと鳴らした。

41話

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました