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<39話
「なぁ、品川。俺の言ったこと、覚えてるか? 子供を侮るなってやつ」
「はい」
忘れるはずがない。
特撮ドラマは作り物だ。異形の化け物や宇宙人も、それを倒す正義の変身ヒーローも、この世には存在しない。そこにいるのは役者であり、彼らの演技によって特撮の世界は支えられている。
飛天たちが行うキャラクターショーは、もう一段階ヴェールを重ねるようなものだ。子供たちにとっては、テレビで見るヒーローがホンモノ。遊園地やイベント会場で見るヒーローは、そのホンモノに近づけなくてはならない。
子供たちはすぐに、ニセモノを見抜く。少しでも気を抜けば、彼らはショーから離脱していく。
だから、子供を侮った演技をしてはいけない。
高岩は、大きく頷いた。
「特撮は子供のためのもの。大人のファンよりも、子供を優先しなければならない。いついかなるときも、だ。そういう意味じゃ、昔のお前が言った、『特撮なんてガキっぽい』ってのもあながち間違いじゃないんだ」
今のお前は、どう思ってるんだ?
問われ、飛天は映理に視線を向けた。彼女自身は何も口にせず、飛天を見守っているだけだ。映理の目に映る自分を覗き込みながら、飛天は、ゆっくりと口を開いた。
「俺は……特撮はやっぱり、子供のためのものであってほしいと思います」
でもそれは、過去に自分が揶揄したような意味合いではない。
「心のよりどころにする子供もいる。ただ、悪い奴を倒すのが楽しいと思う子供もいる。怖くていやだって言う子供も、たまにはいます」
映理はそこで、くすりと笑った。自分の幼い頃を思い出したのだろう。
「大人になるにつれて、忘れるかもしれない。でも、ふとしたときに思い出して、懐かしい気持ちになることもあるんじゃないかなって」
どちらかといえばこの半年余り、濃い特撮オタクとばかり絡んできた。ショーでカメラのシャッターを切りまくる映理に、自分で映画を作ってしまう太陽。でもやはり、彼らのような人間は少数派だと飛天は思う。
子供のときから特撮を見続けて、ああでもないこうでもないと考察や批判をする人間は一部なのだ。ショーにやってくるのは家族連ればかりで、いわゆる「大きなお友達」と言われる大人のファンは、実は固定化されている。
映理もそうだが、「ああ、またあの人がいる」と認知してしまう程度には、熱心なファンは少ないのだった。
「特撮って、輪っかみたいだと思うんですよ、俺」
「ふぅん?」
高岩は面白そうだな、という顔で飛天の言葉の続きを待つ。
特に明確な主張があるわけではない。ただ、頭の中に流れてくる考えを、そのまま言葉として吐き出しているだけだった。
「モチーフが結構、被るじゃないですか。自動車だったり恐竜だったり、子供に人気のあるもの。親になって子供と一緒に見たときに、『そういえば』って思い出して、会話も弾むかもしれない。一度は卒業した特撮番組に、戻ってきてくれる人もいる」
そうやって年代を超えて循環していくコンテンツを、飛天は他に知らない。日本中どこでも番組を見ることができて、毎週末にはキャラクターショーやイベントをやっている。玩具を手に取れば、まるで自分がヒーローになった気分にもなれる。
そこまで考えて、飛天は特撮は子供向け限定の番組ではないな、と意見を変えた。
「特撮は、家族のための番組であって……人間のためのドラマのような気がします」
話を終えたとき、高岩は目を閉じていた。なんとなく声をかけるのが憚られて、飛天は彼の前に立ったまま、もじもじと貧乏ゆすりをする。
「品川」
「は、はい」
目を開け、名前を呼んだ高岩は、ばさりと飛天の頭の上に何か赤いものを被せる。咄嗟のことに反応できず、視界を覆い隠された飛天は、それが一体なんなのかわからない。
「わっ」
と短く悲鳴を上げ、いささか乱暴に渡された赤を頭から取り除き覗き込む。
飛天は一瞬にして、言葉を失った。
今テレビで放送されている戦隊のレッドのスーツだ。高岩が演じてきたのを、ウサギの中からずっと見ていた。
「た、高岩さん、これは」
声が上擦った。飛天は一般戦闘員(俗に言うザコ)ですら演じたことがないのだ。レッドのスーツを手にすることなんて、夢のまた夢だと思っていた。
「実は俺、転職すんだわ」
「はい?」
唐突な話の展開に、飛天の頭はついていけない。
「母校の養成所の講師に誘われていてなあ。そろそろ俺もいい年だし、ショーの主役は後進に譲ってやらねぇと」
びしりと高岩の指が、飛天の鼻先につきつけられる。不敵な笑みに、ごくりと喉を鳴らした。
「来週末がお前のデビュー戦だ。ヒーローになって、自分が正しいってことを証明してこい」
「え?」
飛天はぴたりと動きを止めた。高岩を引き継いでレッドを演じられるのは、嬉しい。だが、来週末?
もう十日しかないではないか。
「頑張ってくださいね!」
そう言う映理は、もう帰宅しようとしている。なぜ一人で帰ろうとするのか聞くと、「ヒーローの秘密特訓を、一般人の私が見てはいけないのです!」と、わかるようでわからないことを言った。
結局飛天は、手を振って、映理を見送ることしかできなかった。そして覚悟をもって振り返る。
高岩は、「さーて、ビシビシ行くからなぁ」と言いながら、首をゴキゴキと鳴らした。
>41話
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