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<19話
花火大会当日。私は風子の家に、少し早めにやってきた。
「野乃花ちゃん、おいで」
私を含めた何人かで花火に行くのだと風子が報告したところ、祖父母は喜んだ。
何せ、手のかかる孫娘である。小学校のときからまともな友達は私しかいない彼女が、夜に友人同士で出かけるというだけで、成長を実感したのだった。
そして一番迷惑を被るだろう私に、「浴衣を着るなら着付けしてあげようね」と言ってくれたのだ。
浴衣は持っていなかったけれど、風子が買うというので、一緒に買った。
パステルピンクの浴衣をいたく気に入った風子だが、「似合うかなあ」と、珍しく人の目を気にしていたので、「似合う似合う。男の子はピンクが似合う女の子が好きだよ」と、安請け合いした。
金髪男は制服を着崩していたが、チャラついたギャル男ではなかった。ピンク色が好きとは思えなかったが、いわゆる「ゆめかわいい」雰囲気の浴衣を強く推した。
隣に並んで、一番痛い感じになる浴衣をチョイスしたから、まともな感性であれば、二人きりになろうとか、デートっぽい雰囲気にしようという気は起きないはず。
私のお墨付きに気をよくした風子は、言われるがままに小物も購入していった。浴衣とちぐはぐに見える巾着や、髪飾りを買わせたので、痛さ倍増である。
私は濃紺に白い花柄のレトロな浴衣を選んだので、風子は少しだけ不満そうだった。
「ののちゃんも、可愛い色が似合うよ。これとか!」
淡いパステルブルーの浴衣は、ピンクの風子の隣に並ぶと、目が潰れそうな組み合わせだった。
おばあちゃんに浴衣を着付けてもらい、髪は結って、かんざしをさしてもらった。
私が先なのは、風子に先に着せてしまうと、家を出る前にぐちゃぐちゃになってしまう可能性があるからだった。
家を出る直前になって、ようやく風子の着付けが完成する。
「似合う?」
似合う似合う。
適当に頷いて、おばあちゃんに礼を言い、外に出る。今日ばかりは風子もおとなしく歩いている。履き慣れない下駄に、四苦八苦しているせいだ。
角のところで、哲宏が待っていた。イベントに合わせてファッションを変える、というのは、男子にはあまり関係ない。いつもどおりのTシャツにチノパン姿で、スマホを弄っている。
「哲宏。お待たせ」
「いや別に」
待っていないと言いかけた彼の目は、風子に釘付けである。いつもと違って可愛いとか美人に見えるとか、そういうプラスの意味ではない。
風子はそういう微妙なニュアンスの感情を察知する器官が疎いので、平気そうにしている。
「おい」
歩き始めた風子の後を追い、哲宏が小声で私に話しかけてくる。
「あいつの浴衣、どうなってんの?」
「どうって。あの子が好きなモノ全部入っているのよ。いいんじゃない?」
浴衣はピンクやラベンダー、ミントなどのパステルカラーを使ったもの。図柄は蝶々である。蝶の柄は浴衣には珍しくないものだが、和ではなく洋、リアルではなく手描きのポップなイラストの趣である。
巾着はネイビーブルー。差し色の一言で片づけられないほどの色の落差だ。ポップな銀の星が全体にちりばめられている。
極めつけはかんざし。王冠や羽、薔薇、それから四つ葉のクローバーといったモチーフをてんこ盛りにした、ゴスロリ少女御用達ブランドのものだ。男ウケの悪いファッション、第一位。
ちなみに、風子はお小遣いのほとんどを、このかんざしに費やした。
私は一切止めなかった。風子が好きなモノばかりなのは本当だったし、何よりも、こんな彼女を見て、幻滅しないのは親友の私だけだと胸を張って言えるから。
「女って」
聞き捨てならないことを哲宏は言いかけたが、私は華麗にスルーした。
今日は記念すべき日。風子が不幸なルートを選ばず、ハッピーエンドに向かうことができる日だ。野暮なことは言うまい。
「ののちゃん、はやくー!」
歩き慣れた風子は、いつもの速度で闊歩していた。喋っている私たちとは距離ができていて、「はいはい」と応じながら、私は彼女の後を追った。
>21話
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