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<61話
せっかく手に入れた手がかりであったが、犯人まで到達できなかったことに、クレマンは憤った。
あれから平謝りに徹したクレマンを、司祭は快く許した。傷は他国の戦争に参加したときに負ったもので、それが原因で傭兵を引退したのだが、それ以前も顔が悪人面ということで、行く先々で盗賊ではないかと疑われて生きていたそうだ。彼が次の進路に神職を選んだのは、冤罪で裁かれそうになっていたところを、この教会の前の司祭に助けられたことが理由であった。
「人の心というのは不思議なもので、話を聞いてもらうだけで、楽になることが多いのです」
実体験らしく、しみじみと司祭は語った。
自殺志願者の互助会を作ったのは、彼もまた、死にたがりゆえに傭兵になったからだった。自分で死ぬ勇気がないのなら、戦場で誰かに殺してもらおう。そう思っていたのに、実際戦いになると、彼は武器を取り、敵の攻撃を避けていた。死にたかったのに、相手を殺してまで生き残ってしまっていた。
神に仕える身となって、死にたい気持ちには蓋をできるようになったが、それでもたまに、顔を出してしまう。そういうときは、前任の司祭に洗いざらい胸のうちを吐露していた。特に解決策を明示することなく、真面目な顔で相槌を打って聞いてくれているだけだったが、翌日にはすっきりとしていた。
自分以外の死にたい人間も、同じではないか。誰にも話を聞いてもらえないから、死にたくなってくるのではないか。
「一人目は偶然だと思っていました。けれど、二人、三人と続くうちに恐ろしくなって……」
仕事で、戦争で人を殺すのではない。平和な世に、凶器を携えた犯罪者が跋扈していると思うと、元傭兵の司祭であっても、恐ろしくて仕方がなかった。その時点で集会を解散すればよかったものを、彼は続けた。
「それでも、被害者を増やすこと以上に、この会をなくすことによって、自殺を決行してしまう人が出てしまうことの方が、怖かったのです」
そのせいで、被害者は増えた。彼のもつ情報と照会したところ、被害者の半数以上が、司祭の主催する会に訪れたことがあった。あまりの多さに、司祭も顔を覆い、自分の無責任さを悔悟した。
集会のことは、司祭自身は秘密にしていない。彼は人助けをしたいのだ。一人でも多くの自殺志願者を思いとどまらせたい。隠すどころか、新聞に広告を打ったこともある。
参加者たちは、自分の苦しみを知人友人たちには知られたくないため、秘密集会めいたものになってしまうのは、仕方がなかった。オズヴァルトに声をかけた人々は、自分が集会で救われたから、という親切心からの行動であった。
司祭に犯人の心当たりはないかと念のため尋ねてみるも、「あったら自分で捕まえにいっていますよ」と、うっそり笑った。さすが元傭兵である。物騒な表情に、クレマンは一歩引いた。なぜこんな人に、喧嘩を売るような真似をしてしまったのか。
しかしこれで、手がかりはなくなってしまった。クレマンもオズヴァルトもお手上げである。帰りの馬車の中は、会話もなかった。途中でオズヴァルトは降りて、クレマンはひとり、屋敷に戻った。
それから七日経ち、事件は新たな局面を迎えることになる。
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