迷子のウサギ?(8)

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7話

 床が硬い。寝返りを打つけれどもどうもしっくりこなくて、ウサオは溜息をついた。俊がそのうちラグを強いてくれると言っていたけれど、いつになることやら、と収納スペースをじっと見やって溜息をついた。自分が同居することになって急遽場所を空けようとしたのだろうが、扉が閉まっていてもなんとなく、パンパンに物が詰め込まれているのだろうことがわかる。

 ウサギ型のヒューマン・アニマルの末路を見せられて、つい同居に同意をしてしまったけれど、早まったのかもしれない。これが本当に動物が好きで、ウサギが好きで、ウサ耳をはやした記憶喪失の男である自分を受け入れて助けたいと思ってくれたのなら心置きなく世話になることもできる。

 だが俊は、ウサギが嫌いだ。嫌い、というよりも憎んでいる、と言った方がいいかもしれない。ウサギと同居なんて冗談じゃない、ウサギだけは嫌いなんだ、と初対面で言われては、いい気持ちは当然だが、しない。

 同居を受け入れてはくれたものの、話しかけてくるのもためらいがちで、ぎこちない。初日だからこんなものか、と諦めはするけれど、これが続くのかもしれないと思うとぞっとする。

 なんでそんなにウサギを目の敵にするんだ、と尋ねることは憚られた。刺激して、追い出されたりまた口論になるのが嫌だった。

 それ以上に、過去のない自分が、一方的に彼の過去を知るのが、なんとなく嫌だった。

 ウサ耳が生える前の自分がどんな人間だったのか、ウサオにはわからないが、ひょっとするとものすごく繊細な人間だったのかもしれない。あるいはストレスに弱いウサギの特性が強まっているのか。

 そこまで考えて、はっとした。ウサギの特徴が強く出ている、だって? 結局自分の行きつく先はあそこなのか。病院でもこの部屋でもなく、あの、檻の中で淫らに震えながら狂い乱れ、最期を迎えるのか。

 ぞっとした。そんなことはない。きっと昔からこういう性格だったんだ。体格の割に、女々しい性格の方がマシだ。丸くなって毛布を頭まで被った。

 扉の向こうの寝室で、俊は眠っているのだろう。同じ部屋ではなくあえてリビングで寝ることを決めたのは、眠るときにまで大嫌いなウサギと一緒にいたくはないだろうと気を遣ったからだ。そんなウサオの気持ちなど、俊は気がつかなかったに違いない。ここでいい、と言ったときの俊の顔を思い出す。あれは呆れている顔だった。

 おそらく向こうもぎりぎりの好意でどこに寝るか尋ねてきたのだと思う。あそこで自分が「ベッドで寝る」と言っていたら、彼はどうしていたのだろうか。一緒に寝る、なんて選択肢は最初からありはしないのだから、家主であるにも関わらず、こうして床に寝ていたのだろう。そんなこと、させられるはずがないじゃないか。

 また、高山の言っていた「実習」というのがウサオの気にかかっている。ウサオにとっては死活問題である同居だが、俊にとっては受験資格を手に入れるための義務だ。いつまでここにいられるのかもわからない。実習期間が終わったらどうなるのだろう。

 一気に不安が襲ってくる。一人でも生きてやる、という意地はあの施設でのウサギ型ヒューマン・アニマルを見た瞬間に打ち砕かれていた。ここを出たら笹川のところに行くのか。でも彼は忙しいから、と言っていた。ならば他のアニマルたちと同じように施設に行くのか。

 正気の自分は働かされるだろう。けれど、あのネコ型ヒューマン・アニマルの驚きに見開かれた目を思い出す。気づかない振りをしていたが、他の者からも様々な思惑に満ちた目を向けられた。好意的なものは、一つもなかった。

 あの中で暮らすのか。冗談ではない。ウサギの本能としての淫奔さが目覚めても目覚めなくても、笹川たちの保護がなければウサオは生きていけないのだということを、今日初めて自覚した。

 明日はもっと、うまくやらなければならない。実習期間は長期だと言うが、ウサオは実際いつまでなのかを伝えられていない。

 一日でも長く、施設行きを免れていたい。

 そのための方法を考えながら、ウサオは目を閉じた。

9話

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