クレイジー・マッドは転生しない(73)

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クレイジー・マッドは転生しない

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72話

 呉井家の協議の結果、来週の土曜日に石けん作り大会の開催が決定した。それまでに山本は材料を用意することに。見本分のみなので、数はいらないが、種類はいくつか用意しておいた方がいいだろう。

「精油は、うちの母親がアロマテラピーをしているから、分けてもらうよ」

 香りづけに必要な花や果実のオイルは、買うと高い。経費の計算に頭を悩ませていた山本に、瑞樹先輩がヘルプを出した。

「あら。ハーブティーでよければ、家にありますわ」

 呉井さんもそう言う。オリーブオイルも呉井さんの家のキッチンなら、エクストラなんちゃら~、みたいな肌への使用もOKな物があるだろうし、はちみつや牛乳を混ぜようというときも、大丈夫だろう。

 山本が用意するのは、石けん素地という、いわゆる石けんのもと。苛性ソーダや精製水を使う方法の方が、科学的で面白そうだけれど、予算と安全性の関係で、素地を購入することに決めた。

 俺は古本屋でソープカービングの入門書をゲットして、ドラッグストアの石けんを購入した。被服室では最近はもっぱら、石けんを彫刻刀で彫り続けている。

 ただやはり、彫る対象が木と石けんでは、硬さが違う。柔らかい石けんを彫るには、美術の授業で使う彫刻刀(小学校のときに買ったやつだ)では刃が厚すぎて、上手くいかない。

 手こずる俺たちの中でも、健闘したのは柏木だった。被服室で黙々と、集中力を発揮していて、話しかけるのも憚られる。思わず手を止めて見守っていると、きりのいいところまでいけたのか、ふー、と溜息をついて、柏木が顔を上げた。

 全員と目が合って、彼女は一瞬、変な顔をする。

「ずいぶん、夢中なんだなぁと思って」

 同じセリフでも、俺が言うと柏木は反発するけれど、瑞樹先輩の穏やかな声だと、柏木は素直に受け入れる。解せぬ。いや、人徳の差か。

 柏木は、照れ隠しにデヘヘ、と笑って頭を掻いた。

「ちょ、おい! 彫刻刀持ったまんまはやめろ!」

 危ないだろうが!

「あ、ほんとだ。ごめんごめん」

 彫刻刀を置いて、柏木は自分が彫った石けんを手に取った。

「あたし、こういうの好きっぽい! これから続けてみようかなあ」

「いいんじゃないか。趣味で続けるんなら、専用のカービングナイフを買って、本格的にやってもいいし。上達したら、ハンドメイドのフリマアプリで稼げるようになるかもな」

 即座に肯定した山本の本音が、俺にはわかるぞ。文化祭の予算ではなく、自腹で専用ナイフの購入を促しているのだ。

「え~、でもお小遣いがなあ……え、こんなもんで買えるの? ほんと?」

 サッと柏木の目の前に差し出されたスマートフォンには、通販サイトの値段が書かれている。俺のところからは見えないけれど、高校生でも買える手頃なものを事前に検索していたに違いない。用意周到すぎるだろ。

 真剣に購入を検討し始めた柏木から視線を外して、俺は隣の呉井さんに目をやった。彼女は俺たちの会話をスルーして、真剣な表情で石けんを彫っている。

「……」

 そのきれいな横顔に見惚れていることができたらよかったのになぁ……どうしても、手元に目がいく。

 や、だって、怖いんだよ。呉井さんの手つき。マジで。彫る方に集中すると、石けんを押さえる手がおろそかになるのか、ガタガタいっている。そのままだと手を刻んでしまうんじゃないか、と気が気ではない。

74話

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