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<14話
もしも母に水を飲ませることができていたのなら、母の命の火は、再び燃えることがあったのだろうか。
成長し、大人になった露子はその問いに、否と答えることができる。
薬草も何も入っていないただの水に、そんな力はない。ただ、父も僧侶たちも、母が水を求めていたことを知らない。母が渇いたままで死んだのが悔しかった。
「いまだに、私は……」
あのとき転んで、水を零してしまったことを後悔している。慈しみ深き母の願いを叶えられなかったことを、罪だと思っている。
「夏は、嫌い」
母の命を奪い、自分を無力なものに貶めた夏など、好きになれるはずもない。露子は拳を握りしめた
母の病を治すための加持祈祷は、三日三晩続けられた。僧侶たちの体力にも限界があり、何度か人員が交代していた。彼らは部屋から出ると、蹲っている露子には気がつかずに、こう陰口を叩いたのだ。
――謝礼もほとんど出ない祈祷を、よくもまぁ阿闍梨様は熱心に行われるものだ。
――すぐに我らを呼ばなかった時点で助かる見込みはないというのに。この家の主人は、夫人を見捨てたのだな。
当時、意味はわからなかった。けれど露子は、一言一句間違いなく記憶した。覚えていようと思ったわけではない。脳裏に刻み込まれた。
お母様は助からない。それはお父様のせいでもある。けれど一番許せないのは、何もできない、私。
拾った毬をつき、声を潜めて泣いている露子の頭上を、甲高い経を読む声が通過していく。声は徐々に小さくなっていく。でもそれは最初に期待していたように、母が治癒したことを示すものではない。
もうこれ以上仏に祈りを捧げても、無駄だと判断されたのだ。
ひっく、と喉が震えた。毬はころころと転がっていく。けれど大声を上げるには遅すぎた。我慢し続けていると、不意に誰かの手が、髪の毛をくすぐった。
誰だろう、とおずおずと顔を上げた露子の前には、怪訝そうな顔をした少年がいた。
>16話
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