孤独な竜はとこしえの緑に守られる(5)

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4話

「シルヴェステルだ。当代の竜王を務めている」

 王、という言葉の持つ意味を理解している青年は、ハッとして慌てる。ベッドから起き上がり、跪こうとするのを、シルヴェステルは手で制止した。

「楽にしていてくれ」

「……ありがとうございます」

 その後、クーリエがいくつもの質問を重ねたが、結果は医師から聞いたとおりだった。名前も、住んでいた場所も、職業もわからない。何なら、竜人族という言葉についても、ピンと来ていない。

 重症だ。

 肩を竦め、質問を終えた子爵が下がる。背後で三人が、青年の今後の扱いについて話し始めたのを、聞くとはなしに聞いていた。

 じっと見上げてくる瞳から、シルヴェステルは目が離せなかった。

 人生の中で、向けられる視線といえば三種類しかなかった。

 畏れ敬うか、媚びへつらうか。あるいは侮り見下すか。

 最も近い場所にいるカミーユですら、敬愛の情の中に畏怖が籠もっているのを感じる。人間でもなく、竜人でもない。世界でただひとりだけの竜王に、多かれ少なかれ、誰もが恐怖を覚えている。

 だが、青年の目にはどの感情も含まれていない。新鮮な気持ちで、シルヴェステルは彼を見つめ返した。彼の緑柱石の瞳には、自分の姿はどう映っているのだろう。もっとよく見たくなって、一歩近づいた。

「陛下」

 カミーユたちの存在を思い出したのは、数回呼ばれてからのことだった。名残惜しく振り返ると、不思議そうな顔をした彼らと向き合うことになる。やはりその目には、竜王への本能的な恐怖が見え隠れしており、シルヴェステルは回れ右して、青年の顔だけを見ていたいと思った。

「どうした、カミーユ」

 ひとつもお話を聞いていなかったのですね、と彼は呆れた。

「彼の今後についてですが」

 対人事故である。たまたま無傷だったとはいえ、非はすべて、馬車の側にあるとするのが慣例である。ただ今回は、賠償金を支払うだけで済ませることはできない。記憶喪失の青年を、そのまま放り出すわけにはいかないからだ。彼の今後の生活も補償しなければならなかった。

「王都は、人間族にとっては暮らしにくい場所です」

 王国の中央、山に囲まれた都・ドランは美しく栄えた街だが、市民の多くは竜人族だ。竜を祖とする竜人族は屈強な肉体を持ち、長命な種族である分、脆弱な肉体の人間族を見下す傾向にある。特に王都の竜人族は、誇りと高慢をはき違えた者ばかりだった。

「なので、このままクーリエ子爵に預かってもらい、療養と職業訓練の後、適性のある仕事に従事してもらうのが、最善策かと」

 王都から遠く離れたクーリエ子爵が代官として派遣されている土地は、王都に比べると差別もはるかにましである。加えて、農業には人手がいくらあっても足りない。仕事は有り余っているため、子爵は問題ないと請け負った。

 理性では、シルヴェステルも彼らの意見に賛同している。領主に代わり、地区ごとに置かれた代官としては、まだ年若い部類であるクーリエは、自分を軽んじることはなかった。事故に遭った青年を心から心配している様子から、人間族への差別心もあまりない。青年の記憶を取り戻す方法についても、協力を惜しまないだろう。

 しかし、シルヴェステルは頷くことができなかった。首が錆びついたように動かなかった。

 頷けば、ここで彼との縁は切れてしまう。ヌヴェール領は、王都から気軽に来られる場所ではない。問題もなければ、取り立てて見るべき場所もないのだ。

 たとえ何かの理由をつけ、クーリエの元を訪れることができたとして、青年が自分で仕事をして、家を借りて出て行ってしまっていたら、それっきり。

 宝石の光を宿した瞳を、手放したくない。

 衝動に突き動かされて、シルヴェステルは了承とは真逆の意を紡ぐ。

 否、と。王都へ一緒に連れ帰るのだ、と。

6話

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