孤独な竜はとこしえの緑に守られる(1)

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孤独な竜はとこしえの緑に守られる

 馬車の小窓から望む、一面に広がる小麦畑は、金色に波打っている。

 旅を始めたばかりの頃は、国の食を支える広大な光景に感嘆していたが、もう一週間も似たり寄ったりの風景が続けば、さすがに飽き飽きしてくる。

 シルヴェステルは、自身の目と同じ色の空を見上げた。流れる雲の形や宙に遊ぶ小鳥たちなど、畑に比べれば変化があるのが常だが、あいにく今日は、雲ひとつない快晴だった。鳥の影すらなく、太陽の光は柔らかく降り注いでいる。

 風になりたい。

 溜息とともに零した独り言を、同乗者に聞きとがめられる。連日の馬車酔いは彼から体力を奪っており、青白く頬がこけた顔に落ちくぼんだ目は、いつも以上に迫力があった。

「そんな顔で睨まなくてもいいだろう」

 シルヴェステルは肩を竦めて、実行に移すことはないと主張するも、十の歳からの付き合いであるカミーユからの信用は薄い。子供の頃は我儘を通すことが多く、地上で振り回された彼は、大変な迷惑を被ったに違いない。

 収穫後の小麦畑のように刈り込まれた短い金髪を、カミーユは神経質に掻き上げた。剛毅な軍人気質に見える彼だが、彼の筋肉は見せかけである。ミッテラン侯爵家は代々、政治の中枢に関わる家系だ。今はシルヴェステルの側近として、政務の助手を務めているが、いずれは宰相として立つことを期待されている。

 もっとも、彼の父がその座を譲り渡すのは、まだ当分先のことになりそうだが。

 厳めしい顔の壮年の男たちのことを思い出して、シルヴェステルは苦いものを飲み下し、首を横に振った。せっかくあの息が詰まる王宮を出たのだから、旅路の最中くらいは忘れよう。代わり映えのない景色でも、何を考えているかわからない狸親爺たちの顔を見るよりは、ずっとましだ。

 しかし、カミーユはシルヴェステルとは意見を異にしており、深々と溜息をついた後に、小さく愚痴を吐いた。

「まったく、どうして我々が……」

 馬車は一定の速さを保ち、目的地へと向かう。順調にいけば、あと二日で辿り着く。商業的要地でも、数年に一度は必ず巡礼しなければならない聖地でもない。カミーユからすれば、何週間も政務を止めてまで、自分たちが行く必要のない理由での視察である。

「仕方ない。一番暇なのが、私なのだから」

 我々とは言わない。カミーユはシルヴェステルと官僚たちを繋ぐ役割を果たし、あちこちの部署との調整に走り回っているので、忙しいのだ。

 今回の視察は、自分自身で決めたことだった。彼は完全に巻き込まれただけである。

 すまないな、付き合わせて。

 謝罪の気持ちを唇に浮かべたシルヴェステルに、カミーユは一瞬口を開けて惚けたが、すぐにキリリと表情を引き締め、胸の前で拳を握った。

「いえ。陛下の行く先こそが、私の行く先ですので」  喋りすぎて再び酔いが回ったのか、そう言ったきり押し黙ってしまった。心配すればするほど、カミーユは恐縮して我慢してしまうため、シルヴェステルは気づかなかったふりで、再び空へと目を向けた。

2話

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