<1話
先代の頃から、複数回に渡って調査団が派遣されている古代遺跡が、国の東端にある。高層の塔を伴う建築物の跡が複数確認されており、明らかに現在よりも高度な手法で建てられているというのが、専門家の見解であった。
その技術があれば、このセーラフィール竜王国のさらなる発展に役立てることができる。
しかし、調査はすべて無駄足に終わる。外からの目視による調査は可能であったが、中に入ることはなぜかできなかった。天井が崩落する危険性の話ではない。そもそも中に入ることができないのだ。押し入ろうとすると、見えない壁に弾き返される。同行した兵士による攻撃も、歯が立たなかった。
調査費用はすべて国が負担している。何の進展もない研究に予算と人員を割く理由はない。財務大臣は中止を主張し、国史編纂所は続行を声高に叫んでいる。
建国前、この国土を支配していたのは、いったい何者か。
歴史には空白が存在する。辺境の遺跡は、空白を埋める手がかりになるのではないかと、編纂所の所長は直接、シルヴェステルに奏上してきた。
歴史に深い興味を抱き、研究活動を保護してきたシルヴェステルは、所長とは懇意にしていた。自身の抱く疑問の答えもまた、ぽっかりと空いた穴の中に存在するのではないかと、常々思っていた。
財務大臣に調査継続を提案したが、彼は頑として頷かなかった。無駄金遣いであるというのが、政治の中枢にいる者たちの共通の見解である。
大臣たちとて、むやみにシルヴェステルに逆らおうというわけではない。お互いに、国の行く末を真剣に考えているからこそ、意見が対立する。王の威厳で従えることができないのは、自分が年若く、生まれも悪いせいだ。
なんとか説得の材料を手に入れるべく、竜王自ら、辺境の地まで訪れることにした。まがりなりにも王の行幸だというのに、特別な予算は出ない。シルヴェステルは仕方なく、歴代の王が残した私物の一部を売り払い、路銀とした。
自分で足代を稼いだので、大臣は何も言わなかった。むしろどうぞどうぞと快く送り出してくれたのは、王のいない間に新しい法案の審議を進めるつもりでいるからかもしれない。
そう考えると、カミーユならずとも、早く調査を終えて帰還すべきな気がしてきた。
空を飛べたら、あっという間なのに。
遠い目をしたシルヴェステルを、カミーユは見とがめる。
「いけません」
お決まりの説教は、子供の頃から一言一句変わらない。昔はもっと可愛らしく、泣きながらだったものだが、今は本気で激怒されるのがわかっているので、シルヴェステルはおとなしく、「わかっているさ」と口の中だけで拗ねた。
狭い車内で図体の大きな男が二人。会話がないと沈黙は余計に重く感じられる。揺れる馬車の中では、本を読むこともできず、宿泊地に辿り着くまでの間、何もすることがない。
揺れに身を任せてしまおうと、目を閉じたシルヴェステルだったが、眠りにつくことはできなかった。
天地がひっくり返るほどの轟音。いや、実際に視界が逆転している。馬が甲高く嘶き、御者が悲鳴を上げた。馬車が横転したくらいで怪我をするほど柔ではないが、腕や肩を強かに打ちつけ、息を詰めた。
事故だ。次の街までの一本道、これまでの間、対向車とは一台もすれ違わなかった。見通しのよい街道だが、獣でも飛び出してきたのだろうか。
衝撃をやり過ごしたシルヴェステルは、すぐさま馬車から脱出する。不幸中の幸いで、出入口は上になり、扉も歪んでいなかった。
御者は馬を落ち着かせ、二次被害を出さないことに必死になっていたので、シルヴェステルは地面に倒れたままの被害者に駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「陛下! あまり動かさないでください!」
後から出てきたカミーユに制止され、まずは落ち着いて、心音と呼吸を確認した。眠っているとしか思えない健やかさで、ホッとする。恐る恐る後頭部を触るが、たんこぶひとつない。出血した様子もないが、すぐに起き上がらないということは、頭や身体の中に異変が起きているのかもしれない。
目を閉じた顔立ちは幼く、小柄な身体は人間族の特徴だ。頑健な肉体ではない。余計に素人判断は危険である。早急に医者に見せなければならない。
シルヴェステルはすぐさま決心した。最寄りの貴族の館はどこだ。鋭い問いに素早く返ってきたのは、中央から代官として派遣されている、クーリエ子爵の名前であった。
「陛下!」
「非常事態だ! 許せ!」
真の姿を解放することは、近隣住民を驚かせるだろうが、人命救助が最優先である。
「馬が落ち着いたら来い!」
胸の内で押さえつけていた力をいざ解放する。変化のその瞬間を目撃する者はいない。まばゆい光に包まれて、次にシルヴェステルが姿を現すときには、すでに変身が終わっている。
髪と同じ色の鱗が全身を包み、建物よりも大きくなる。長く鋭い爪で傷つけないようにそっと青年の身体を持ち上げると、皮膜に覆われた翼で空へ飛び立った。
>3話
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