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天使のごとき愛らしさで圭一郎を魅了した弟・和嵩は、成長してもなお、際立った美貌の持ち主であった。
ふくふくとした輪郭や丸くて大きな目こそ、長じるにつれてシャープな大人の男のものへと変化していったが、家族にしか見せない笑顔は、子供の頃と変わらない。少し恥ずかしそうに、はにかんだ微笑みを浮かべる和嵩のことを、圭一郎は誰よりも大切に思っている。
二十八歳にもなって、一度も一人暮らしをしたことがない。大学も会社も、家から通える場所を選んだのは、和嵩の傍にいたかったからだ。
父の再婚への同意をする前に、堂々たる兄宣言をした圭一郎のことを、母は当時、「しっかり者のお兄ちゃん」だと認識していた。
が、高校に入ったあたりから、評価は下方修正される一方だ。今では、「いい加減、弟離れしなさい」とすら言われなくなってしまった。言ってもどうしようもないことを、母は知っている。
「ただいま」
帰宅後に玄関の靴をチェックするのが癖になっている。弟の靴があるかどうか。履き古したスニーカーがなかったので、家に上がった瞬間に、夕飯の支度をしている母に、「和嵩はー?」と声をかける。
慌ただしい圭一郎に、すでに慣れっこの母は淡々と調理を進めている。
「買い忘れがあったから、お遣い頼んだのよ」
ということは、近所のスーパーかコンビニだ。すぐに帰ってくるだろう。キッチンの中を覗くと、出来上がりまでには時間がかかりそうである。
自室で部屋着に着替えた圭一郎は、隣にある和嵩の部屋の前を通りかかる。
「あ、そうだ」
ノートパソコンの調子が悪くて、一昨日、弟に預けていた。中学時代にオンラインゲームにハマって以降、趣味が高じて工学部でコンピュータサイエンスについて学んでいる和嵩のことを、尋常じゃないほど機械音痴の圭一郎は、何かと頼りにしている。
社会人の短かった盆休みとは違い、大学生の和嵩の夏休みはまだまだ続いていた。バイトらしいバイトもしていない弟だから、すでに終わらせているだろう。弟の口から直接説明を聞かないと、また壊してしまうかもしれないので、和嵩の部屋で彼の帰宅を待つことにした。
弟の部屋は、オタクらしく少しごちゃごちゃしている。ゲームのグロテスクなクリーチャーのフィギュアなんかは、圭一郎にはどこがいいのかさっぱりわからない。ただ、埃ひとつかぶらないように、毎日丁寧に手入れをされている玩具たちを、弟が心から大切に思っていることを知っている。だから、圭一郎はフィギュアに一切手を触れない。壊せば弟に悲しい顔をさせてしまう。
コレクションの展示に使われていない棚の中には、漫画や小説の他に、小難しそうな専門書が並んでいる。一冊取り出して、目を通してみる。が、根っからの文系である圭一郎には解読不能で、暗号にしか見えなかった。
本を戻して、ベッドの上にぼすん、と腰を下ろした。
「ん?」
尻に硬いものが当たる。
なんだ?
一度立ち上がる。硬くて薄い何かが、布団の下にある。手探りで取り出した物を見て、圭一郎は絶句した。
>3話
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