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<17話
ふっと意識が浮上する。
「目が覚めたか?」
身体を起こそうとすると、シルヴェステルに止められる。もうすっかり見慣れた自分の部屋の天井に、深く息を吐き出す。ベリルはどうしても気になって、もぞもぞと寝返りを打ち、身体ごとベッド横に立つシルヴェステルの方を向く。
「毒を飲んでしまった人は?」
もっと早くに気づき、警告ができればよかった。悪いのは瓶に毒を入れた犯人だということはわかっていても、自責の念が胸の下あたりをぐるぐる回っていて、気持ち悪い。
シルヴェステルの表情が、少しだけ和らいだ。
「一命は取り留めた。お前が飲むなと言ったおかげだ。助かった」
「そうですか……よかった」
丁寧にセットされた髪の毛も、寝乱れてぐしゃぐしゃになってしまった。額に落ちてきた毛髪の束を、シルヴェステルの長い指がそっと払った。
「カミーユが中心となって、犯人の特定に全力で動いている。大丈夫。あいつは優秀な男だ。必ず、近日中に犯人を挙げるだろう」
彼ならば安心だ。ベリルは今度こそゆっくりと身を起こす。即座に背を支え、水差しを渡してくれたシルヴェステルに礼を言い、渇いた喉を潤す。
窓の外は夜も更け、月が高く上っている。夜会が始まったのは夕暮れ時だったはずなので、かなり時間が経過しているようだ。夜鳴く鳥の声が盛んに聞こえてくる。大事件が起こった直後だというのに、外にいる動物たちはのどかなものだ。
もういらない、と手で制して、ハッとする。
竜王に看病させて、何様のつもりだ。
「迷惑かけて、ごめんなさい」
慌てて謝ると、シルヴェステルは首を傾げた。謝罪の理由を掴みかねていて、ベリルが「看病させちゃって」と続けると、ああ、と得心した。
「謝罪よりも礼の方がいいな。お前の心の負担になりたかったわけではない」
申し訳ないと恐縮する気持ちが、シルヴェステルの言葉で軽くなる。素直に「ありがとうございます」と言うと、柔らかい笑みを浮かべて、彼はベリルの額に口づけた。
「ナーガに任せてもよかったのだがな。私がお前の傍についていたかったのだ。一応、初夜であることだし」
そうだ。初夜だ。
ベリルは頭を抱えた。正式に妃となったのだから、務めを果たす義務がある。シルヴェステルは、話し相手でいいとは一言も言わなかった。
つまり彼は、自分の肉体に性的な魅力を覚えているということ。薄っぺらで、どこもかしこも直線的な身体のどこに? という気持ちは拭えないが、求めてくれることは嬉しい。そんな風に感じる自分に、驚いてしまう。
ベリルが尻込みしてしまうのは、カミーユのせいだ。彼が気を利かせて、本と本の間に挟み込んだ薄い冊子。閨における男同士の作法について書かれた教科書を読んでしまったからこそ、ベリルは少しだけ怖い。
事故の後遺症も皆無なことから、自分が並外れた頑丈な身体を持つことはわかっていても、排出のためだけの場所を、受け入れるための場所に変えられるのは、恐ろしい。
いっそのこと知らなければ、シルヴェステルにすべて委ねてしまうこともできたのに。
思わずじっと見つめたシルヴェステルは、竜人族の中では細身な方だということは、夜会で言葉を交わした貴族たちと比べてわかった。それでも、人間族の平均的な体格のベリルには、非常に大きく感じられる。
身体が大きいということは、すなわち。
ベリルの視線が下がっていくのを、シルヴェステルはどう捉えているだろう。まさか、衣服と下履きに秘された下半身の化け物を想像しているとは思うまい。
「今日は疲れただろう。もう一度眠るといい」 安堵しかけたベリルだが、今日を逃せば今後、覚悟できるかどうかわからない。初夜という勢いを借りなければ、完遂できないかもしれない。寝床の横から立ち去ろうとしたシルヴェステルの腕に、必死に縋りつく。
>19話
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