孤独な竜はとこしえの緑に守られる(17)

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16話

 玉座に並んで座る。本来は、正式に結婚した正妃しか座ることの許されない椅子だが、シルヴェステルはベリル以外を娶ることはないと宣言した。寵愛の深さに溜息をついた貴族たちだが、羨望の色はなかった。どうせ最初から、後宮に娘を入れるつもりはないのだ。

 一組ずつ、列席者が挨拶に来る。ベリルにとっては試練の時間で、隣に座るシルヴェステルは、少し不安そうにしている。それでも、致命的な失態を犯すまでは助けることもできないと、ただ見守るばかりである。

 ベリルはゆったりと構え、彼らの挨拶を受けた。頭の中の貴族名鑑と照会し、彼らの話に合わせる。人間族と侮っていた彼らは、ベリルの話術に驚き、首を捻って下がっていく。

 国一番の穀倉地帯を領地とする伯爵には、

「近年は税収があがっていらっしゃいませんね。伯爵も不安でしょう。記録を見るに、天候は良好のようですから、他に何か原因がありましょう。陛下にお願いして、調査団を送ってもらいますね」

 と、さぞいい思いつきだというように話しかけた。

 カミーユに見せてもらった帳簿と天候記録を照らし合わせただけでなく、なぜかベリルには、貴族たちが笑顔の下にひた隠す邪心や悪意を感じ取ることができた。

 冷や汗をかきながら、伯爵は「いえ! ご心配には及びませぬ! 私どもで解決いたします!」と、慌てて退いた。

 その後も、表向きは竜王に恭順を誓っている貴族たちの二心を見抜き、しっかりと釘を刺したベリルに、シルヴェステルは瞠目していた。

 自分でも、なぜだかはわからない。けれど、察知することができるのだ。好意的な笑みの裏の意図が真っ黒なもやになって見える。どんなに人の好さそうな仮面をかぶっていようとも、攻撃の意志だけは、びりびりと肌に伝わってくる。

 一通りの挨拶が終わると、ベリルはシルヴェステルの手を借りて、フロアへ降りた。夜会の中盤、ようやく晩餐の時間だ。舞踏会も兼ねているため、立食形式である。

 竜王の音頭によって杯を掲げ、葡萄酒を飲み干して、夕餉は始まる。

 給仕の者たちが、会場中の貴族の元に瓶を持って近寄る。貴族の前に出るためには、ある程度の洗練された動きが必要だ。下級貴族や裕福な商家の子息、いずれにしても竜人族の黒服の男たちが、熟練の技で一定量をグラスに注いでいく。

 酒を飲むのは、そういえば初めてだ。毒々しい赤い色は、ちっとも美味しそうではない。生の葡萄はあんなにみずみずしくて甘いのに。葡萄酒から上がってくる匂いは、酸っぱくて重く、ベリルは咳き込んだ。

「大丈夫か」

 背を擦り心配してくれるシルヴェステルに、首を縦に振るが、止まらない。苦しみに喘ぎながら、涙の浮かんだ目で視線を上げると、人間族の貧弱さを嘲笑う様子の貴族たちの姿が見えた。竜人族は皆、酒豪揃いらしい。

「ベリル殿は、陛下の酒が飲めないご様子。先に我々で乾杯をいたしましょう」

 確かこれは、王都付近に暮らす富豪の侯爵だ。私服をこやし、それを誰にも気づかれていないと思っている、考えなしの男だが、財力と発言力は比例する。シルヴェステルも強く突っぱねることはできず、ベリルの体調を気遣いながら、杯を掲げる。

「それでは……」

 乾杯、と言う前に、ベリルは叫んだ。自身の意志というよりも、胸の内から湧き上がる血の警告に流されるままに、声を張った。

「飲むな!」

 何人かは、手を止めた。だが、間に合わなかった者もいる。驚きに一口飲み込んだ瞬間、真っ赤に充血した白目を剥いて、昏倒する。

 毒だ。

 女性たちが悲鳴を上げ、逃げ惑う。己の強さを誇示する竜人でも、毒はよく効く。

「ベリル。大丈夫か」

 毒入りと思われるグラスを置いたシルヴェステルは、そのままベリルの身体を横抱きにした。

「このままだとお前が疑われてしまう。逃げるぞ」

 葡萄酒の香りに、異変を感じ取った者はいなかった。

 それなのに、飲む直前に警告をできたということは、ベリルは最初から、毒入りだと知っていたのではないか。

 騒ぎが収束したときには、追及を免れない。

 もう息は苦しくないから自分で歩けると主張したベリルだが、シルヴェステルは頷かなかった。

「私の方が足が速い」

 そう言うと、カミーユの先導に従って、言葉通りの速度で駆け抜け、ベリルの部屋へと避難したのだった。

18話

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