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<21話
慎太郎の腕の力が緩む気配はなかった。冬夜がそわそわと落ち着かない気持ちになっていると、彼は、低く唸り声をあげた。
「もう、我慢できない……」
我慢? 何を?
冬夜が疑問を浮かべたそのとき、慎太郎の腕の力が緩み、少し身体を離した。冬夜は彼の顔を見て、硬直する。
顔は赤く、目が潤んでいる。熱でもあるのかと思ったが、その後告げられた言葉に、冬夜の心配は的外れだったことがわかる。
「あのね、冬夜くん。これは吸血鬼でも、半吸血鬼でも同じなんだけれど」
血を吸うことは、セックスと似ている。だから、吸血行為の後には。
「その……今まで我慢してたけど、ものすごく、シたくなるんだ」
冬夜が慎太郎に血を提供するたびに、彼は強烈な性衝動と戦っていた。童貞とはいえ、冬夜も男である。それがどれほど辛いことか理解できる。
「や、でも、今吸ってないじゃん……!」
突然の告白に、冬夜はうろたえる。慎太郎はもじもじと恥じらいながら、
「ずっと好きだった子に、好きって言ってもらえたんだから……!」
と主張する。
確かに、気持ちはわからなくもない。想いが通じたのだから、身体も繋げたい。冬夜だって、そう思う。
キスをして、触れて。でも、その先は? 男同士でのセックスなんて、冬夜はこれまでの人生で、一度も考えたことがない。だから、何もわからなくて、怖い。
そう正直に告白すると、慎太郎は、
「大丈夫。僕は伊達に年を取っていないからね」
と、胸を張った。
となると、あとは自分の気持ちひとつで、一線を超えるか超えないかが決まるわけだ。冬夜は慎太郎の顔を見上げた。
しゅん、と下がった眉は、いくら慎太郎の美貌が際立っているとはいえ、情けない。実家の近所に、こんな顔をした犬がいたことを冬夜は不意に思い出した。
臆病で、でも人間の子供が好きでうろうろしていた。まるきり慎太郎に、そっくりじゃないか。
くす、と冬夜が笑うと、慎太郎は眉をぴくりと動かした。自分の一挙一動に左右される慎太郎が可愛くて、愛おしい。
冬夜は慎太郎の袖を引いて、ベッドへと連れていき、腰を下ろした。それが答えだ。
「……俺、本当にひどい顔になるからな。笑ったりすんなよ」
「僕が冬夜くんを笑うわけないでしょう」
そう言った柔らかな唇が、額に触れる。愛しい子供にするキスだ。
冬夜が目を閉じれば、瞼にもキスを落とされる。ドキドキしながら、続きを待った。
唇に、むにゅりと柔らかな感触がとうとう訪れる。緊張にしっかり閉じた合わせ目の部分を、舌先がゆっくりとなぞっていくのを、冬夜は敏感に感じた。
どうしよう。理性ではそう思うのに、身体はとても素直だった。慎太郎を口中に迎え入れるべく、唇は緩んで、うっすらと開いた。
その隙間に、ぬるりと捻じ込まれた。唇自体は薄いのに、収納されている慎太郎の舌は肉厚で、冬夜の薄っぺらな舌を、ぐるりと包み込んでしまう。
「っ、ん」
深い口づけをするのも、初めてだった。人間の舌というのは、こんなにも器用に動かせるものなのか、と思う。
口の中に他人の舌が入ってきて、あちこちを舐めあげていくのが、頭から爪先まで、むずむずとした痺れを生み出していく。この感覚もまた、冬夜にとっては初めての経験だ。
鼻で深く息をして、リズムを整えようと試みるが、慎太郎の長い舌が我が物顔で這いずり回ると、抗う術なく、乱されてしまう。
手はシーツの上に力なく落ちていたが、緩慢に持ち上げて、冬夜は慎太郎の背に沿えた。すると、より一層盛り上がったのか、喉奥を犯すかの勢いで、慎太郎は荒々しく口づけを深めていった。
だから、慎太郎の唇が離れていったときには、冬夜は完全に、頭に酔いが回ったように感じたし、慎太郎は、といえば。
「っ」
冬夜は彼の顔を、涙の膜がうっすらと張った目で見上げて、息を呑んだ。
普段の彼は、常に穏やかな笑みを浮かべていて、性を感じさせない。女性的、中性的というよりは、性別がそこにはないように思われた。
だが今は、完全に雄の顔をしていた。半吸血鬼、すなわち捕食者である彼は、セックスの上でも、冬夜を貪ろうとしている。
そうか。食べられるのか。具体的なやり方など想像もつかないが、きっと嫌だと言ってももう、やめてはくれない。
いいや、やめてほしくなんて、ないのだ。
「優しく、してくれ」
伸ばした手を、彼は恭しく受け取ると、甲に口づけた。
>23話
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