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<4-4話
放心状態の馬鹿でかいメイドをベッドへ運び込むのは難儀した。賢者タイムなどと言っていられなかった。風呂のときに使ったタオルで床を拭いてようやく一息ついたときには、もしかしなくとも自分もまた変態道への門を叩いてしまったのだということに気がついて、青ざめた。
一度ならまだしも、二度までも。しかも今回は、千尋までイかせてしまったし。女装オナニー趣味の男に性的な悪戯をしていたぶって楽しむ、果たしてどちらがより変態なんだろう。俺か。どう考えても俺の方か。
しかし千尋のあられもない姿を知っているのはやはり自分だけだと思うと、鬱屈な気持ちは晴れていくのだった。
靖男はクッションをかき集めて床に寝転んだ。もやもやした気持ちを抱えたままで眠れるだろうか、という心配は杞憂だった。すぐに睡魔が襲ってきて、再び目を開けることができたのは、美味しそうな味噌汁の匂いを察知してからのことだった。
もそもそ起き上がると、朝食の準備をしていた千尋とばっちり目が合った。おはよう、と挨拶をされ、一瞬遅れて、「おはよう」と返した。
「朝ごはん、できてるよ」
あまりにも普通だった。唖然としながらも、朝食を口に運んだ。昨夜あんな風に弄ばれたというのに、弄んだ側の靖男を普通に客として接待している千尋の考えがわからない。
「おいしい?」
首を傾げて問いかけるのに対して、靖男は「薄味だけど」と頷いた。そうすると、おかしげに千尋は声をあげて笑った。
「五十嵐さぁ、なんでそんな普通なの? こないだも、昨日も。こうやって部屋に上げてさ、飯作って食わせて、いったい何考えてんだよ」
千尋は靖男の言葉に、箸を銜えたまま考え込む素振りになった。やがて彼は箸を置くと、小さな声で話し始める。
「昨日はさすがに驚いたし、いつもびくびくしてるよ。でも、見つかったのが神崎でよかったと、俺は思ってるんだ」
幼い頃の性体験――千尋は美化しているが、それはトラウマともいえるだろう――がきっかけで歪んだ性癖をひた隠しにして生きてきた。おおっぴらに「俺は背の高い女が好きだ!」と言える靖男とは違い、女装をしながらの自慰に耽る自分は、見られたら馬鹿にされるし、汚らわしいのだと思っていたと言う。
「写真撮られたときは、金を要求されるんだって怯えたけど、神崎はこの家に勝手に上がり込んでくるくらいで全然、金よこせとか言わないし……それに、聞いてくれたから」
俺の話、と千尋は微笑んだ。問答無用で変態と罵って蹴り飛ばし、言いふらすようなことをしてもおかしくはなかったのに、黙って幼い頃の恋心と経験を聞いてくれた。
「誰にも、姉さんたちにも親にも……勿論佐川先輩にも話すことができなかったのを、神崎が聞いてくれたから、それでいいかな、って」
話をして、認められて、転がり込んでくる靖男に対して料理を作って「うまい」と言ってもらえることが、嬉しかったのだ。
「女装するのがおかしいことだってずっとわかってたから、仲いい友達もあんまりいなくて。でも神崎の前だったら、素でいられるから、とても、楽なんだ」
「五十嵐……」
四月のあの日、女装して自慰行為に耽っている千尋を見てから、こんなにも近く、受け入れられている。
「だから、神崎が気持ち悪くなければだけど、これからも友達として付き合ってほしいんだ、俺は」
「お前がいいんなら俺はいいんだけど……」
とは言うものの、もやっとした感じは消えない。ただの友人とするにはちょっと、自分たちの関係はずれてしまっている。
――そういう関係込みの友人関係って、ありなのか……?
そう思ったが、言わなかった。簡単に肯定されてしまいそうな気がしたし、今後も手を出すぞ、という宣言のように取られてそれで気まずい雰囲気になるのも嫌だった。
「ん。これからも泊まりにくるわ」
それだけ言うと、千尋は心から嬉しそうに、きれいに笑った。
>5-1話
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