断頭台の友よ(20)

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19話

 非番である同僚を尋ねると、思った以上に歓迎された。狭い応接室に通され、特別なときにしか出さないという茶と茶請けが提供される。あまりの歓待に目を白黒させたクレマンに、同僚はこそこそと耳打ちをした。

「こないだのクスリのおかげで助かった。恩に着る」

「ああ……」

 彼の言う薬とは、堕胎薬のことだった。クレマンと同じく、鐘で爵位を買った男だが、彼は貴族らしく、愛人を囲っていた。

 先日、その愛人が妊娠した。男と妻の間には、娘しかいない。愛人との間の子が男だった場合、家督の相続に問題が生じる。嫡出庶出の別なく、男に優先的に相続権が発生するのが、この国の法である。当然、妻は激怒するだろう。離縁は教会が簡単には許さないが、妻の実家からの援助は打ち切られるに違いなかった。

 困窮する未来に青くなった男は、それほど親しくしていなかったクレマンが、医術の心得があるという噂を聞きつけて、泣きついてきたのだった。

 堕胎薬という罪深い品を、クレマンは作りたくはなかった。だが、彼と愛人の間の子が幸せになれるかどうか悩んだ末、注文を請けた。子殺しは親殺しと同様、発覚すれば即座に死刑が決まる大罪だが、生まれたばかりの赤ん坊を事故に見せかけて殺すことは、大人の死体を偽装することよりも、はるかに容易い。幼子というものは、とかく死にやすいものだ。生きながらえたところで、虐待を受けて捨てられる未来しか、クレマンは見えなかった。

 腹に宿った時点では、まだ人間は生命の半分しか持ち合わせていない。堕胎は教会によって禁じられてはいるが、罰則は特に設けられていなかった。身分違いの相手と恋をして肉体関係を持ち、秘密裏に結婚をして階級社会を混乱させることの方が、この国では悪なのだ。交際をなかったことにするための堕胎は、罪の軽重でいえば、断然軽い。

 クレマンは「確実に堕ろせるわけではない」と言って、紅花の花びらと鬼灯の根を煎じて混ぜ合わせた茶を渡した。この二つは、子宮を収縮させる働きが強く、妊婦が過剰に摂取すると、流産の危険性がある植物である。

 娼館の主に依頼されるときは、もっとしっかりとした効き目の実証されている薬を調合することもあるが、クレマンは罪悪感の少ないこの茶を処方することが多かった。十の頃から父の手伝いをしてきたクレマンは、己の手で断罪した犯罪者たちが、死の国で自分自身の罪を見つめ直し、心から改悛することを祈る、敬虔な宗教者でもある。

 効果を確かなものにしたい男に対して、「はちみつで味を調えて、飲みやすくするといい」「時間や分量など、特に決まってはいない」と、多量を飲ませれば確実に流産に至るだろうヒントを出してしまったことをクレマンは後悔している。こんなふうに歓待されるべき人間ではないのだと、クレマンは出された茶や菓子を遠慮した。

21話

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