断頭台の友よ(71)

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70話

「ところで院長、私は、あなたの商売に興味があるんですよ」

 得体の知れない笑みを浮かべたまま、オズヴァルトは言い放つ。孤児院の院長といえば、仕事は盛りだくさんだ。子供たちの世話はもちろん、帳簿付け、予算が足りないとなれば伝手を辿って寄付を募るのに直談判に行く。少なくとも、東の孤児院の院長には、商いを行う余裕はなさそうだった。

「しょ、商売……」

 院長は顔を青くしている。そわそわと、人の目を気にしており、クレマンと目が合った。ばれた? いや、そんなはずはない。鏡を見たけれど、まるで別人であった。急に視線を外せば、余計に疑われるだけなので、不自然にならない程度にクレマンは目を伏せた。

「『彼女』のことが気になりますか?」

「!」

 息をのんだのは、院長だったかクレマンだったか。

 君、余計なことを言うんじゃない! 

 そう叫んだら最後、正体がばれてしまうので、クレマンは奥歯を噛みしめて堪えた。見た目はオズヴァルトの知人によって整えられ、背もあまり高くないクレマンは、首の詰まったドレスを着せられ、眼鏡をかけさせられた。かつらはひっつめ髪にして、厳しい女教師という風情で立っていた。

「彼女はあなたと同じことを生業としているのですよ。ただし、もっと高級な店向けのね」「女性が……?」

「女が女衒になってはいけないとでも?」

 オズヴァルトが少しだけ凄んでみせれば、「滅相もない!」と、院長は手を振った。

「彼女が育てた子は、評判がよいのですよ。とても、ね」

 ふふふ、と微笑みかけてきたオズヴァルトに困惑しながら、クレマンはマノン・カルノーの仕草を思い出して、ドレスを抓んで淑女らしく一礼した。

「それで、彼女がここにいる子に目をつけたらしくてね……どうだろう。その子、こちらにいただけませんか?」

 空気に飲み込まれて、すぐに了承するかと思いきや、院長は暗いところのある人間らしく、慎重であった。

「具体的にはどの子のことを?」

 マイユ家からの援助継続を取りつけるのと、少女をそのまま売りに出すのとで天秤にかけている。高く売れそうな美少女であれば、院長は渋るだろう。クレマンはオズヴァルトの耳に口を寄せて、囁く振りをした。彼は鷹揚に頷いて、「ぬいぐるみをいつも連れている、おさげの子がいるだろう? あの子が欲しいね」と要求した。

 クリスティンは、可愛らしいよりもみすぼらしいが先にくる。それに、ぬいぐるみを常に持ち歩いている姿は年よりも幼く、知能の遅れも感じさせる。白痴の女を抱くのが趣味だという人間もいるが、社交界にも影響力を与えるような高級娼婦にはなれない。高嶺の花には教養が必要だ。

 すなわち、正規に売り出したところで、買い叩かれる可能性が高いため、マイユ家に恩を売っておいた方がいい。金の亡者であれば、そう考えるはずだ。

 しかし、院長はなかなか首を縦に振らない。マイユ家が目をつけたから儲けられるのでは、と、逆に考えてしまったか。

 院長をさりげなく観察する。金勘定を考えている、嫌らしい顔ではなかった。どちらかといえば怯えているようだ。見覚えのある表情。自分の罪が露見するぎりぎりの瀬戸際にいる犯罪者が、よく見せる顔だ。

72話

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