平行線上のアルファ~迷子のオメガは運命を掴む~(39)

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38話

 真実を知ってしまった以上、この世界に留まるわけにはいかない。

 一晩中泣いて、悩んで、果ては疲れて眠ってしまった。目が覚めた日高の頭は、すっきりしていた。

 元の世界に戻ることができるかどうかは賭けだ。もし失敗して命を落としたとしても、それはそれで仕方ない。人ひとり消した日高に与えられた罰としては、妥当なものだ。

 覚悟はできている。けれど、最後にどうしても、諦められないものがある。

 のそのそとベッドから降りて、ぐっと伸びをした。時刻はもう昼過ぎだ。この時間帯なら、早見は自室で仕事中であろう。

 日高はそれから、小さなチェストの中に閉まってある薬を取り出す。

 抑制剤ではない。もうそれは、使い切ってしまった。日高が手にしたのは、もうひとつの薬だ。

 音を立てないように階下へ向かい、キッチンで水を汲む。メレンゲが遊んでほしそうに近寄ってくるが、「静かに」と人差し指を立てた。指示通り黙った彼の頭を撫でる。擦り寄ってくるメレンゲの毛並みを堪能して、しばしぼんやりする。

 ここを去るということはつまり、メレンゲとも、もう会えないってことなんだよな。

 両手でわしゃわしゃと掻き回すと、気持ちよさそうに目を細め、へっへっ、と長い舌を垂らす。

「お前のことは、ちゃんと早見さんに頼んでおくからな……」

 どうか、元気で。

 最後に一撫でして、手を離した。もう終わり? と見上げてくるメレンゲに、日高は微笑みを浮かべ、それから意を決して、薬を飲んだ。

 発情剤の効果はすぐに表れた。一度にたくさん飲めば飲むほど、効き目は早く、強い。あの日飲まされたのはたったの二錠だったので、今回は倍の四錠飲んだ。

 ぽっ、ぽっ、と内側から熱が上がってきて、呼気として排出される。呼吸によって体温調整をしているメレンゲと同じだ。荒い息を吐き、理性の限界を迎える前に、階段をのぼる。

 素面のときと違い、どうしても足音がしてしまう。集中している早見の耳には聞こえない、ギリギリのラインだろう。

 二階にたどり着くと、日高は肩で大きく息をした。

 最後に、早見との思い出が欲しかった。

死んでしまうとしても、元の世界で顔も知らないアルファの番にさせられるとしても、彼と交わした契りがあれば、それを心のよすがにできるから。

 発情したオメガの匂いを、アルファともベータとも違う早見は、感じ取った。きっとフェロモンは、効くはずだ。

 早見には申し訳ないことをする。今はもういない、もう一人の日高よりもよほど、自分はひどいことをする。フェロモンで誘惑し、正気を失わせる。それはレイプと何も違わない。

「ごめんなさい」

 どうしようもなく、自分勝手で。

 扉の前でこぼした謝罪は、空気中に霧散する。早見の耳には届かない。

 日高はドアを叩いた。早見の唸り声に似た返事を聞いてから、開けた。

 名もない花の香りが、空気の流れに乗って漂う。

 立ち上がった早見を見上げて、日高はぎこちなく笑みを浮かべ、震える指で、シャツを捲り上げた。

40話

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