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<69話
食事もそこそこに退出し、孤児院に戻ろうとしたクレマンを、オズヴァルトは押しとどめた。
「さっき揉めてただろ。何の策もなく行ったところで、無駄だ」
そう言うと、彼はクレマンをじろじろと見た。暗い顔を、いつも下ろしている重い前髪を上げて、観察する。
「まぁ、いけるだろう」
独りごちて、オズヴァルトは唇を笑み曲げた。にぃ、という音が聞こえそうなそれは、普段の好青年然としたものとはまるで違う笑顔であった。
もともと院長と約束のあったオズヴァルトは、応接間に通され、ソファに座った途端、己が主人であるように振る舞った。足を組み、背もたれに完全に身体を預ける。自分よりも十も二十も年上の男は、貼りつけた笑みをひきつらせた。若さゆえの傲慢さであろうと院長は結論づけて、「それで、お話とはいったい」と、話を切り出した。
出された茶に口をつけ(そしてまずいと顔を歪め)、オズヴァルトは父の名代としての務めを果たす。書状を懐から取り出し、ずい、と院長に差し出した。
「そこに書いてあるとおり、そちらへの寄付を今後、停止したいとの考えです」
「なん……!」
嘘だろう、という顔をした男は、慌てて書状を開く。読み進めるうちに、ぶるぶると手が震えていた。クレマンは、いつもよりも広い視界に戸惑いながら、応接間の中を観察する。子供たちの部屋とは違い、見事な調度品で彩られていた。
教養のないクレマンにはわからないが、目立つように壁に飾られた絵画を見て、オズヴァルトは目を細めていた。あれはものすごく高いことに呆れたか、偽物を偽物と見抜けない間抜けさを嘲笑っていたのか、どちらだろう。
院長は「若造が」という態度を一変させて、急に下手に出る。揉み手をして、オズヴァルトに「どうか打ち切りだけは……」と懇願する。
「さて、私の一存だけでは、なんとも……」
首を捻り、難しそうな顔を作るオズヴァルトは、なんとも役者である。じっと彼を見つめれば、この茶番が露見してしまうかもしれないので、クレマンは横目でちらりと一瞥するにとどめた。
「お願いします! 寄付を打ち切られてしまえば、私は、いや、この孤児院は……」
マイユ商会の寄付額がいったいいくらだか知らないが、国からの援助金や他の資産家からの寄付もあるだろうに、何を焦っているのか。応接間に飾ってある絵や壺、これ見よがしに胸元についたブローチを売れば、子供たちを養う分くらいはまかなえそうなものだ。
「私も、子供たちの未来を思えば心苦しいのですがね……」
やれやれと首を横に振ったオズヴァルトに、院長は絶望の表情を向けた。何でもしますから、どうか、という言質を引き出したところで、オズヴァルトは「なんでも?」と、にっこり笑いながら念を押す。
>71話
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