断頭台の友よ(69)

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十字架 ライト文芸

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68話

「こっちこっち!」

 野次馬に紛れようとも、見失いようがない長身に、クレマンは軽く手を振り近づいた。

「オズヴァルト」

「クレマン、どうしてこんなところに? 何かあったのか? なんだかすごく、物々しい雰囲気だが……」

 それはこちらの台詞だ。なぜこうも、タイミングよく(悪く?)現れるのか。

 無駄に注目を浴びるのが嫌で、クレマンは少し外す旨を同僚に伝え、オズヴァルトとともにその場を離れた。

 孤児院を出て、適当な店に入る。昼食を食べそびれていたクレマンはバゲットとスープを注文する。オズヴァルトは昼からワインをオーダーしており、「乾杯でもする?」と、軽口を叩くが、そんな気にはなれなかった。

「オズはどうしてあそこに?」

 捜査中は早食いになる。大口を開け、思った以上に硬いバゲットに顔を顰めて、ちぎってスープの中にすべて入れ、ふやけたところをスプーンで掬う。家では行儀が悪いとブリジットに怒られるので、できない食べ方だ。

 オズヴァルトがたまたま孤児院の前を通りかかるというのは不自然だった。建物周辺は場末としか言いようがなく、彼のような富裕層の坊ちゃんが、一人でふらつく場所ではない。曇りのあるグラスを傾けている様は、一人だけ高級酒場にいるように、周りの風景とはなじまない男だった。

「親父が寄付をしてたんだけど、それを今度やめることになってさ。その通達」

 嫌な役目ばっかり俺に押しつけやがるんだ、と舌打ちをする。店の中にたむろする若者たちに擬態しようとしているが、育ちの良さは隠しきれない。

 なぜ、と聞くまでもなかった。短期間に東西の孤児院を見比べてみたことで、クレマンがもしも寄付をするのならばどちらにするのか、答えはすぐに出る。オズヴァルトもうんうん頷きながら、「あれはひどいよな」と言った。

「うちみたいな商会が孤児院に寄付するのは、将来身を粉にして働いてくれる優秀な人材が育つことを期待しているのもある。けど、西の孤児院からうちに来た連中は、やる気もなければ覚えも悪い、最悪な奴だと、売り上げをピン撥ねしやがったのもいる」

 はああ、と大きな溜息をつく。オズヴァルトはちょいちょいと指でクレマンを呼び寄せる。喧噪の中だ。大抵の会話は内々の密談になりそうなものだが、オズヴァルトは声をひそめる。

「どうもあそこの孤児院、子供を売春婦に仕立て上げてるって噂がある」

 クレマンは瞠目して、オズヴァルトを見返す。本当か。声を出したつもりだったのに、どうやら音にならず、ぱくぱくと口を動かしただけに終わっていたらしい。親しい付き合いの彼は、クレマンの言いたいことを察して、神妙な顔をして頷いた。

 だとすれば、事件の様相はひっくり返るのではないか。

 どちらかといえば、クレマンは東の大量殺人の方が模倣犯の仕業だと考えていた。「自殺」という鍵にこだわりすぎていた。引っかかるべきは、西の少女の強姦の痕跡であった。売春婦に「仕立て上げる」ということは、顧客の要求に合わせて、手練手管を身につけさせるということだ。単なる人身売買だけではない可能性が高い。

 同世代の子供から見ても貧相な身体のアリスだ。強姦したときに、手加減を間違えて殺してしまったとしても、おかしくはない。

 西の孤児院が、売春斡旋をしているとしたら……。

『助けて』

 夢見るようなふわふわした声ではなく、その一言だけ、しっかりとしていたのが、耳によみがえる。クレマンは立ち上がる。オズヴァルトは驚いて、ワインを少しこぼした。

「どうした?」

「あの子が危ない……!」

70話

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