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<73話
「女の子は、夜に院長先生の部屋に呼ばれるの」
「それは、全員?」
彼女は首を横に振った。選抜された少女はおそらく、生前のアリスと同じく、可愛らしい子供だったのだろう。一人ずつ順番に呼ばれる。クリスティンは呼ばれたことがないと言う。
「院長先生の部屋で、女の子はどんなことをするか知っている?」
これもまた、首を横に振る。ただ、何も知らないというわけではない。怯えた顔で、「呼ばれた次の日のアリス、具合悪そうだったわ。歩き方も変だったし」と言い、ひょこひょことがに股で歩く真似をした。
クレマンとオズヴァルトは顔を見合わせて頷く。院長が少女たちを強姦しているのは、状況証拠から明らかであった。クリスティンがその整った造作のわりに、毒牙にかからなかったのは、知能に障害がある子供に手を出すことは、さすがにはばかられた、ほんのわずかな理性のおかげだった。
「アリスがね、お馬鹿のふりをしていなさいって、教えてくれたの」
彼女を守ったのは、年上の友人であった。あたしみたいに怖い思いをしたくなければ、クリスは馬鹿でいなさい。冗談ではなく、真剣な顔でそう言うものだから、クリスティンは忠実に、彼女の言いつけを遵守した。
「そう……アリスはいいお姉さんだったんだね」
クリスティンの頭を撫でると、癖毛が指に絡んだ。まともに頭を洗う機会も少ないのだろう。きしきしと傷み、無理に解こうとすれば、切れてしまいそうだ。
「うん……」
アリスの死体を思い出したのか、クリスはぐすんと鼻を鳴らし、ぬいぐるみを抱きしめた。
「昨日、アリスは院長先生のお部屋に呼ばれたかい?」
クリスティンは静かに泣く。子供らしくない泣き方だ。ずっとこうやって、一人で泣いていたのだろう。大声で泣きわめけば、職員から余計に折檻される。よく見れば、ぬいぐるみの頭は涙の跡か、汚れがひどかった。
「クリス」
優しい声音で名前を呼ぶと、彼女は小さく頷いた。それから、堰を切ったようにわぁわぁと泣き叫んだ。白痴を装うためには、ささいな情動すら押し込めなければなかった少女が、今ようやく、友の死を悼む涙を零している。クレマンは彼女を抱き寄せて、思いきり泣かせてやった。
>75話
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