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<72話
オズヴァルトがとった宿の部屋に入り、念のためにカーテンを閉めた。それからクレマンは、ようやく声を発する。
「クリスティン!」
「ああ、やっぱり、おじさんだったのね」
人目がないことに安心したのか、クリスティンはぬいぐるみを抱いたままではあるものの、しっかりとした喋りで応じた。
「なんで女の人の格好をしているの? おじさんじゃなくて、おばさんだったの?」
混乱をきたしているのは、仕方ない。クレマンは顔をごしごしと擦って化粧を落とす。
ああもう汚くなってるだけだぞ、とオズヴァルトにたしなめられた。石鹸で落としてこいと勧められて、クリスティンとオズヴァルトを二人にするのは少し心配だったが、ひらひらと手を振られた。こちらを見ずに少女の観察を始める親友に、クレマンは洗面所へと向かった。
戻ってくると、きゃっきゃという笑い声が聞こえてきた。オズヴァルトの手遊びに、クリスティンはすっかり心を許して、懐いた様子である。出会ったのは自分の方が先だったのに。なんだか悔しい。自分と同じ末っ子で、身近に小さな子供の影すらないくせに、なぜこれほどまでに子供の扱いがうまいのか。
「おじさん」
オズヴァルトに夢中になっているかと思いきや、クレマンが戻ってきたことに気づいたクリスティンは立ち上がり、とてとてと近づいてきた。小さな手でぎゅっとクレマンの手を握る。
「ありがとう」
見上げてくる目には、確かな知性を感じた。彼女はひょっとして、何もかもを知っているのではないか。
クレマンは彼女を抱き上げ、ベッドの上に座らせると、自分も横に腰を下ろした。
「君には辛いことを聞く。言いたくないと思ったら、話さなくてもいい。ただ、君の友達の、アリスの無念を晴らしたいと思うのなら、できれば協力してほしい」
「クレマン」
幼子に酷なことを強いることを、オズヴァルトは咎めた。眉を顰め、この冷血漢め、と不快な感情をあらわにして隠さない。
オズヴァルトの圧には屈さない。自分が話を聞きたいのは、小さなクリスティンだ。彼女は戸惑うように視線をさまよわせるが、最終的には意を決して、クレマンに頷いた。
クリスティンはやはり、いろいろと見ていた。ぬいぐるみをいつも一緒に持ち歩くことや、身体が他の子よりも小さいことから、知能が遅れていると大人たちからは見られていた。
>74話
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