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<11話
大沼湖畔の外周は、だいたい一周一四キロメートル、自転車で一時間強の行程だ。次第に照りつける太陽に、要の体力は削られていく。
「ほら、せんせ。あと三分の一くらいだから、頑張ろう?」
本当ならとっくに一周走り切っているだろう俊平は、要を気遣って並走している。太腿がパンパンに張って、ペダルを踏む足がどんどんおぼつかなくなっていく。ふらついてきた要は、転ばないうちに、ブレーキをかけて足をついた。
ぜえぜえと肩で息をしている要に、俊平はペットボトルの水を渡す。ハンドルを握っていただけなのに、握力もほぼ残っていなくて、要は一度、それを取り落とした。
俊平は馬鹿にすることも呆れることもなかった。ペットボトルを拾い、蓋を開けた彼は、要の口元へとそのまま持っていった。
自分で飲める、と強がる体力さえ残っていなかった。要はされるがままだった。ゆっくりと流れ込んでくる水を、要はごくごくと飲み干していく。
自然と、目を閉じていた。そうすると、風のそよぐ音や、道路を走る車のエンジン音、鳥の声……様々な音が耳に届いた。
もういらない、と言う前に、ペットボトルは離れていった。一瞬の戸惑いの後に、目を開けようとした。そのときだった。
硬いボトルの口とは違う、柔らかな感触に、開けるに開けられなくなった。唇に残った水分を、吸い取られる。
空気の流れを唇で感じて、要はようやく、目を開いた。俊平は自転車の近くに戻っていて、「もう行けますか?」と言った。彼は、要のことを見なかった。短く切りそろえられた髪の毛から、ちらりと見える耳だけが、不自然に赤かった。
照れるなら、しなきゃいいのに。
好きだ好きだと態度で示してきた俊平が、意味を込めた接触を図ってきたのは、初めてだった。
恋人としての付き合いを了承してから、キスくらいは仕方がないと、要は覚悟していた。さすがにセックスを求められたら拒絶するが、二週間の思い出に、キスならば、と受け入れていた。セックスと違い、初めてだというわけでもないので。
顔だけじゃなく、立ち居振る舞いもスマートな俊平だから、キスもスマートに済ませ、あまり経験の多くない要を、からかってくるだろうと思っていた。
なのに、自分から触れたくせに、あんな初心な反応をされたら、こっちだって何を言っていいのかわからない。
顔が熱いのは、日焼けしたせいだと要は思い込みたかった。
>13話
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