星読人とあらがう姫君(26)

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ライト文芸

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25話

 その後芳明は黙りこくって、裁きを待っていたが、露子の父は違う。どうにかして死罪を免れようと、必死になって言葉を尽くしている。だがそのいずれも、納得のできるものではない。

「私だって同じ藤原の姓を引いている、始祖は同じだ。それなのに、なぜ私はいつまで経っても権大納言止まりなのだ! 私だって、私だって摂政や関白の任に就けば、絶対に上手くやれるのに……」

 父は自らの政治手腕が、いかに優れているかを説いた。しかしそれは、京の現実にはそぐわなかったり、まったく見当違いの政策ばかりであった。帝は冷たく鼻で笑った。

 本当に政治力に優れているのならば、関白は父を冷遇したりなどしないだろう。あの人は実力主義者だ。家柄が低くとも、無名の者であろうとも、彼は引き立てた。父は彼の目に適わなかったのだ。

 娘の露子の目から見ても、父は政治には向いていないと思う。自分の利益しか考えない。家族のことも顧みない。母だって、父が金をけちっていなければ、もっと長く生きられたかもしれない。後先を考えない人間が、国の舵取りなどできるはずがない。

「だ、だから、安倍殿の策に乗った。それだけなんだ! 私は安倍殿が帝を殺そうとしていたことなんて、知らんのだ! 本当だ!」

 私は悪くない、と、父は往生際も悪く叫んだ。ともに反逆を企てた芳明のことを、悪しざまに罵る。

 こんなに情けない父だったのか。それでも露子は一縷の望みを賭け、震える声で言った。

「私が、私が疑われたのよ。お父様」

 父はぎゃあぎゃあと喚いていたが、露子の言葉を聞いて向き直り、ふん、と鼻を不満そうに鳴らした。

「元はといえば、お前のせいだ」

 父の声は、娘への愛など忘れたかのように冷え切っている。露子は息を呑んだ。胸の辺りがひどく痛む。どくどくという音が、頭まで響いて、何も考えられなくなっていく。

 父は顔を出す度に、露子のことを目を細めて見守ってくれていた。小さな頃から滅多に顔を合わせる機会はなかったが、会えば必ず笑ってくれた。

 なのに今は、どうだろう。父の目は、露子に対する憎しみすら感じさせる、昏(くら)い光を宿している。こんな父は見たことがない。

「わ、私の、せい?」

 そうだ、と父は言う。

 お前が母に似て生まれてこなかったせいだ、と。

 三年前に入内の話が持ち上がったとき、父は心から喜んだ。美人ではなく、変わり者だという噂ばかりが流れていた露子に、わざわざ求婚してきたのだ。帝は露子のことを、大層気に入っているに違いない。

 京の貴公子たちに敬遠される厄介者の娘を、どうすべきか思案していたが、予想だにしていなかった幸運に恵まれた。

 帝が関白家の姫君よりも、うちの露子を寵愛すれば、勢力図は大きく転換するに違いない。

 そう、未来は明るいものだとばかり、信じていた。

「それなのに、あんな馬鹿なことを仕出かして、入内をご破算にして……あれがなければ、こんな馬鹿な計画には乗らなかった!」

 吐き捨てるように言った父を、露子はどうしても今までと同じようには、見られなかった。

 そして、ふと気づく。父が露子の元を訪れたのは、何か自分に都合のいいことがあったときばかりだ。

 入内の話をしに来たときも、俊尚へ嫁ぐ話が出たときも。娘への愛から笑いかけてくれていたのでは、ない。

「お父様は……私を愛してくれていたのでは、なかったの」

 占いに従わず、方違えに訪れた若者を追い返そうとする。そういう破天荒な娘を、呆れつつも許してくれていたのは、父の深い愛情だと思っていた。それも露子の個性だと、認めてくれているのではなかったのか。

 父はもう、露子を見ない。

「父の役に立つ娘だったならな」

 止めを刺された気がして、露子は足の力が抜け、ふらついた。あると信じていたものが、最初からなかった。確かな足場が崩れ落ちていく。烏がそっと支えてくれなければ、倒れて頭をぶつけていたかもしれない。

 烏の腕の中で、露子は最後に聞いた。

「……お母様も、役に立つから……結婚したの?」

 これが父と交わす最後の言葉になるだろうことを、知っていた。確かめずにはいられなかった。

「当たり前だろう」

 摂関家と血縁関係になることで、得られる利点を吟味して、身体の弱い母を娶ったのだ。ついでに顔かたちも美麗だったから、生まれてくる娘も美しいだろうと思って期待していた。だが。

「お前にはがっかりだ……」

 露子はそこで、聞いていられなくなって、思考を閉ざした。目を瞑ってそのまま意識を失った。

 だから露子は見ていない。帝が暗殺を謀った藤原高道、安倍芳明の両名に対して、その場ですぐに死罪――斬首を命じたことを。

 国家転覆を狙った罪は重い。死でしか贖うことはできない。彼らの処刑は極秘裏に行われた。摂関家の醜聞に繋がるため、表沙汰にされることは決してない。こうして二人の名前は歴史の闇に葬られた。

 露子はいつ、父に対する刑が執行されたのか知らない。ただ、自身に対する処置を待つだけの身であった。

27話

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