<<はじめから読む!
<21話
「はい。バラも自然にのびのび生きていたいんじゃないかって、僕は思うんです」
「自然? あんた、バラが自然だと思ってるの?」
「え」
植物は常に自然とイコールであると疑わない香貴は、目の前の小柄な老女の言葉に戸惑った。なぞなぞか引っかけ遊びの類かと考えて、ヒントを求める視線を涼に向けてくるが、当然無視である。
「バラが人を魅了するのはね、人間の知恵の結晶だからだよ」
現在、園芸用に栽培されているバラの元を辿っていけば、七つか八つの原種に行き着く。そこから人間は、長い時間をかけて、様々な品種を生み出してきた。その数、三万から五万。
不可能の代名詞であった青いバラも、近年は生み出されつつある。より一層の青さを目指して、科学者は切磋琢磨する。
「バラは芸術品だよ。それなら、できる限り長い間、美しく咲いていてほしいじゃないか」
実際にバラを交配し、新種を生み出す人間だけではなく、趣味として育てる人々もまた、芸術家になれる。それがバラの魅力である。開花調節をするのも、枝の剪定を行うのも、すべては作品をベストな状態に保つため。
不格好なままで花を咲かせ、余分な蕾をそのままにすることで、無駄に消耗させる方がよっぽど罪深い。
新たな価値観に、香貴は目を白黒させ、自分がどう行動すべきか迷っている。涼は彼の背を叩く。
「何もかも与えるばかりが愛じゃない。ばあちゃんが心から、バラの花を愛していることは、わかるだろ?」
香貴は涼と老婦人の顔を見比べ、それから恐る恐る、近くにある枝についた蕾に手を伸ばした。
「いち、にの、さん」
涼のカウントとともに、えいや、ともぎ取る。抵抗はなく、ぽろりと手の中に収まったそれをじっと見つめて、香貴は吹っ切れた。涼の指示を待つことなく、二つ、三つと蕾を取り去り始める。
ひとつ壁を超えたかな。
目を細めて彼の成長を見守る涼の背後から、
「それで涼ちゃん? あんたはいつ動くんだい?」
と、厳しい愛の鞭が飛んできた。
うへえ、と小さく呻き、涼は急いで、香貴とは別のバラの木の元に駆け寄った。
>23話
コメント