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<24話
バスに揺られて一時間弱で、南度山に到着した。さすが山だらけの街、登山のイメージを覆す近さだ。クラスメイトはみんな、「ダルいわ~」「なぁ、頂上まで競走しねぇ?」など、体調不良を訴える者もおらず、元気だ。呉井さんも、バス酔いとは無縁の上気した頬でもって、登山道を見つめている。
教師の諸注意を受け、各々のペースで出発し始める。俺みたいな体力のない奴でも、二時間半あれば登頂できるだろう。呉井さんは、運動神経もいいらしいので、俺は俺の心配をする。俺が彼女を気にかけるのは、体力面というよりも、何かしでかさないか不安だからである。
呉井さんが動こうとしないので、俺は黙って隣で待機した。担任は、「お前らはよ行け」と言うが、生徒全員が登り始めるまで、彼女は歩き出さなかった。
「それじゃあ、ゆっくり行きましょうか」
「ああ」
ゆっくりなのはいいけど、ちゃんと弁当が食える時間に、無事に辿り着きますように。心から願う。
登山道の最初のうちは、舗装された道路だ。黙々と呉井さんは歩く。速度はいつもより早く、上り坂だからという理由だけでなく、前のめりだ。息を切らすことなく、足を運ぶ。
俺?
俺は彼女の歩くペースで登っていくと、早数分で限界を迎えた。
「大丈夫ですか? 明日川くん」
「う、うん……」
大丈夫だと強がるのは、なけなしのプライドゆえに。休憩をするか尋ねられるが、さすがにまだ序盤で、休むわけにはいかない。一瞬だけ立ち止まり、首を横に振る。リュックからペットボトルを取り出し、水を口に含んだ。
「まだ先は長いから、頑張るよ」
「ええ。でも、無理はしないでくださいね」
呉井さんは優しい。でも、その優しさが少しだけ、残酷だとも思う。
髪をピンクにしても、ひょろひょろのオタクでしかない俺。女子が男に絡まれているのを、助けに行けずに見ているしかなかった俺。
呉井さんは、そんな俺を認めてくれる。それでもいいと言ってくれる。何の他意もない、彼女らしい真っ白な気持ちだ。思わず甘えてしまいそうになる。でも、呉井さんの思いやりは、俺のすべてをくるむことができない。俺の不甲斐なさ、非力さは、より一層身に積まされる。
見た目だけ変えたって、ダメなのだと思い知らされる。
大きく息を整えて、俺は一歩一歩、歩みを進めた。
十分くらい歩いたところで、道の様子が変わってきた。アスファルト舗装の道から、柔らかな土の道になる。スニーカー越しに足の裏に伝わってくる感触が、明確に違う。ふかふかしたクッションが、歩くのを楽しくしてくれる。
俺が少しだけ元気になって、「さあ、先に進もう!」とやる気を出した反面、呉井さんの歩みは遅くなった。というか、立ち止まっている。
「呉井さん?」
振り返ってそこにいたのは、性別こそ違うものの、二宮金次郎だった。
薪の代わりに大きなザックを背負い、熱心に本を見つめている。まさかとは思うが、その荷物の中身は……。
>26話
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