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<20話
その日、目覚めとともに感じたのは熱さだった。
暑さではない。すっかり夏になった外気ではなく、身の内からじわじわとしみ出していくような熱さだ。
久しく忘れていた渇きに、日高は慌てて身を起こした。水分ではなく、もっと根源的な生命の源を求めて疼く身体を引きずり、棚から抑制剤を取り出した。
「日高? 具合でも悪いのか?」
タイミング悪く、早見が扉をノックした。さっと目覚まし時計に目を走らせると、普段ならばとっくに、朝食の準備が整っている時間だった。空っぽの食卓を見て、日高を心配して二階に上がってきたのだろう。
「ま、待って。大丈夫、大丈夫だから!」
日高は急いでシートから取り出した錠剤を口の中に放り込み、丸呑みする。水なしで慌てていたものだから、喉の奥につかえて、苦しみえずいてしまった。
「日高!?」
大丈夫だという言葉を信じ、扉の向こうで様子見しようとしていた早見が、日高の異変を察して、許可なくドアを開けた。
待って、まだ効いてない!
日高はゴホゴホと咳き込みながら、片手で「それ以上近づくな」という意思表示をする。
オメガに周期的に訪れる、発情期だ。普段は三日前になると教えてくれるアプリで管理して、弱い抑制剤を服用し始めるのだが、どちらも手元にはない。あるのは友威がくれた、緊急時に服用する効果の強いものだけ。
第二性のない世界だから、発情周期なんてすっかり忘れていた。
アルファもオメガもない世界なのに、どうして自分の身体は子を宿せる性のままなのだろう。
日高の目に涙が浮かぶ。結局オメガという性から逃れられない自分に腹が立つ。
「大丈夫だ。そう、落ち着いて……」
早見は、日高の拒絶を一切聞き入れずに近づいて、背中を優しく擦ってくれた。触れていても、彼の様子におかしなところはまったくないことに、少し安心する。
「ありがとう、ございます」
落ち着いた日高のもとに、早見は急いで水を持ってきた。開栓されていないペットボトルの蓋を開けようとしたが、手に力が入らず、カリカリと爪で引っ掻くだけになってしまう。
見かねた早見が開けてくれたボトルから、勢いよく水を飲む。汗で抜けた水分を補い、ホッと一息つく。
ずっと見守ってくれていた早見が、鼻をひくひくさせながら、辺りを見回していることに、そのとき気づいた。
>22話
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