孤独な竜はとこしえの緑に守られる(32)

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31話

「わぁ」

 まったく異なる風景に、思わずベリルは子供っぽい声を上げた。庶民向けの店からやや高級な店まで、まさしく玉石混淆である。広場には市が立ち、屋台が並ぶ。

 出稼ぎに来た田舎者も、お忍びの貴族も、この場所を闊歩する者は皆、いっぱしの目利きになったつもりでいる。商家の子供たちは市場を遊び場にして、露店の批評をしながら、掘り出し物探しに余念がない。こうして品物を見極める目を鍛えているのだと、ジョゼフが説明してくれた。

 市の外れで馬車を止めて降り立ったベリルは、圧倒されて立ちすくんだ。

 これが、王都・ドラン。

 荘厳な王城とも、のどかな後宮とも違う、活気のある街を見渡す。あちこちで値切りの攻防が行われ、熱が入りすぎて怒鳴り合いになっている。貴族の言葉とはまるで違う庶民の言葉は、早口すぎてベリルには聞き取れないほどだ。

「怖い?」

 喧噪に、ジョゼフからの問いかけも二度三度、聞き逃していた。

 ベリルは首を横に振る。

「俺もやってみたい!」

 恐怖するよりも、興奮の方が勝つ。あまりの意気込みに、ジョゼフは驚きながらも、「まとめ買いで安くしてもらったりとか、いろいろコツがあるんだぜ」と、囁いた。

 早く店を回りたくてうずうずしているベリルだが、この短距離でも馬車に酔ったカミーユの回復を待つ。青い顔がだいぶましになったところで、ベリルは二人を連れ回した。護衛もぞろぞろと動くので、目立って仕方がないが、庶民にはまだ、竜王が後宮に迎え入れた妃の人相は割れていない。何事かと思われている様子だが、背後に控えたカミーユを見て、皆納得した表情を浮かべる。

 貴族が寵愛する小姓の我が儘に付き合っているのだろう、と。

 ジョゼフおすすめの屋台で串焼きを買った。まとめ買いで安くしてもらい、護衛の兵にも配る。シンプルに塩だけの味つけは、城では味わえない野性味に溢れている。ところどころ味にムラがあるのも、屋台料理の醍醐味だろう。噛めば噛むほど肉汁が口の中に溢れ、旨みがじんわりと広がっていく。

「美味しい」

「だろ?」

 食べながら歩くのが、市場での慣習だった。行儀が悪いと怒るナーガもいない。長く神殿で暮らし、自分と同じで後宮から出る機会のない彼も誘ったのだが、心眼の修行を理由に断られた。慣れない場所を目を瞑って歩くのは、さすがのナーガでも難しい。

 ナーガが同行しないと知ってへこんだジョゼフは、ちらちらと宝飾品の店に意識を奪われていた。

「ジョゼフ。何か欲しいものでもあるの?」

 まだ見習いとはいえ、炊事場で雑用係をしていたときとは比べものにならないほどの給金を得ている。とはいえ、富豪向けの高級品を商う店で買い物ができるほどではない。

 普段世話になっているし、シルヴェステルからもらった小遣いは、ひとりで使うには多すぎる。もしも何か欲しいものがあるなら、お礼にプレゼントしようかと言うベリルに、ジョゼフは首を横に振った。

33話

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