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<12話
「デートの次も、練習がしたい」
週末は、どちらかの発案でデートの練習に行くのが定番化しつつあった、九月中頃のことだった。
この日もまた、ショッピングに繰り出して、和嵩に似合う服を何枚も購入した。圭一郎は大きな袋を抱えたまま、弟の言葉に立ち尽くした。隣で喋っていた和嵩は、圭一郎を追い越して行ってしまい、数メートル離れたところで気がつき、振り返る。
「どうかした?」
髪の毛を切り、ますますイケメンぶりに磨きがかかった和嵩が小首を傾げると、その破壊力たるや、防御不能である。ぐう、と呻き声を小さく上げてどうにか正気を保ち、圭一郎は「何でもない」の笑顔を浮かべて、努めて冷静に聞こえるように問う。
「デートの次って?」
まさかセックスか? そうなのか?
デートは兄弟で出かける延長線上にあるから、さしたる抵抗もなかったが、さすがにセックスはどうだろう。男同士の作法は知らないし、さすがの圭一郎でも、和嵩相手に使いものになるとは思えない。
かといって、他の誰かに指導を任せるのはもっと嫌だ。見知らぬオッサンに組み敷かれて、うっとりと愛撫を受ける和嵩とか、想像するだけで気持ち悪い。うちの可愛い弟を、そんな目に遭わせてたまるか。脳内オッサンに全力で殴りかかる。
錯乱しっぱなしの兄をよそに、和嵩は照れ照れと頬を染めて、可愛らしく、「決まってるじゃない」と言った。離れた距離をその長い足でひょい、と縮めて、圭一郎の耳元に囁く。
「キス」
二文字の返答に、圭一郎は安心した。そうだ。忘れていた。デートを重ねた恋人が、次にステップアップするとしたら、唇同士を触れ合わせるキスだ。急に二階級特進する己の思考は、残暑によってどうかしている。
そうか、キスか。キス……。
いや、ちょっと待て。俺が和嵩の唇に触れるのか?
圭一郎の視線は、自然と和嵩の口元に引き寄せられる。真一文字に引き結ばれているよりも、微笑みを湛えた唇の方が、造形の素晴らしさが際立っている。肌の色が白いため、唇の赤さがより目立つ。
不意に舌が覗き、唇を舐めるのに、ドキリとした。乾燥を手早く潤すための動作に、なぜか官能を見出してしまった自分にうろたえる。
「こ、今度な」
「今度っていつ?」
曖昧に濁して話を切ろうとした圭一郎に対して、和嵩は正確な日時を求めてきた。約束を取りつけようとするときの弟のしつこさは、尋常ではない。
「ねぇ、いつにする? 来週?」
彼の目が爛々と光っている。こうなったら最後、圭一郎は約束をするしかないし、それをしっかりと遵守するほかない。仕方なく、次回はデートの代わりに、家でキスの練習をすることになってしまった。
>14話
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