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<30話
翌朝、起きてきた早見は、決まり悪そうな表情を浮かべていた。
だからといって、謝罪はない。謝ることはすなわち、自分の唐突な行動の理由を述べなければならないということ。早見は日高に、昨日逃げた訳を説明するつもりはないのだ。
本人が隠したがっていることを詮索するわけにもいかず、日高はリードなどの散歩グッズを準備した。メレンゲが来てから、朝食前に湖の周りを散歩するのが習慣になった。大型犬なので、朝夕と運動が欠かせない。
散歩に行く気配を察知したメレンゲが、尻尾を振って日高にまとわりつく。
「今日は、俺ひとりで行く」
ところが、早見は日高の手からリードを取り上げた。奪った、と言ってもいいだろう。咄嗟のことで、日高は反応できなかった。
「なんで……」
「君は朝食の準備を頼む。夕方の散歩も、俺ひとりで行くから」
昨夜の不審な動きは不問にするつもりだった日高だが、これには納得がいかない。
動物病院のカードに記された飼い主の名前は早見だったが、自分だってメレンゲの主人だ。実際、メレンゲは早見よりも日高に懐いている。
「納得できません! ちゃんと理由を教えてください」
一歩も引かない日高を、早見は無視した。メレンゲに「行くぞ」と声をかけ、リードをつける。薄情者のメレンゲは、すでに玄関へと駆けだしていた。
「早見さん!」
強く名前を呼ぶが、早見は一瞬、ちらりとこちらを向いただけで、無言で出て行ってしまった。
扉が閉まるのを、呆然と見送る。日高には、追いかけることができない。ひとりでこの家から出ることになり、早見との約束を破ることになってしまう
言われたとおりに朝食の準備を整える。一時間弱して、帰ってきたメレンゲを出迎えた。
「おかえり」
その言葉は、早見には向けない。汚れた足を拭いてやってから、彼にも朝ご飯を用意する。
「待て」
お座りをした状態で、メレンゲはじっと見上げてくる。うるうると懇願してくる目に、日高はいつも心を鬼にして、「待て」と自分にも言い聞かせる。
「よし」
合図とともに、ガツガツとドッグフードを貪り始めるメレンゲをぼーっと見つめてから、日高は食卓へと戻った。
早見はすでに食べ始めていると思っていた。日高のことなんて、もはやどうでもいいものだとばかり。
けれど、早見は手をつけずに待っていた。スマートフォンを弄ったり、メモを取ったりと忙しないが、日高の作ったオムレツは、ケチャップすらかけられていない。
日高が席に着き、「いただきます」を口の中でもごもごと言うと、早見も食べ始めた。
なんなんだろう。もやもやする。
>32話
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