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<31話
食事が終わり、早見が自分の書斎に籠もって仕事を始める頃になっても、日高はリビングから動かなかった。思い悩む飼い主の姿を、メレンゲは不思議そうに見つめている。
映画に行きたいと言って、配信まで待てと言われたのは、まだ理解できる。
早見は日高を、街中に連れて行きたくないのだ。生活のすべてを彼に依存している日高は、その命令を聞き入れざるをえない。
だが、コテージ周辺を二人で散歩することは、許されていた。メレンゲが来てからは、日高の一番の楽しみだった。
その機会を奪われたことで、日高の生きることのできる範囲は、このコテージの中だけになってしまった。それも、来客があったときには自分の部屋に鍵をかけて閉じこもらなければならない。
まるで、軟禁されるみたいだ。
想像して、日高はゾッとした。無理矢理結婚させられそうになったときと同じだ。いずれ、部屋から一歩も出してもらえなくなってしまうかもしれない……。
「キューン」
恐ろしい考えに震えていると、メレンゲが鼻を鳴らした。尻尾はだらりと垂れ下がっていて、日高の怯えに同調している。
「お前にまで、心配かけてらんないよな」
大丈夫。早見はあの父とは違う。何か考えがあって、今日はたまたま、散歩に連れていかなかっただけだ。きっとそうだ。
日高はメレンゲのおもちゃ箱の中から、柔らかいボールを取った。すぐに気がついて、パッと尻尾が上がり、ぶんぶんと小刻みに震える。
「ちょっと、外で遊ぼっか」
湖まで行けなくても、家の前でボール遊びをするくらいは許されるだろう。この辺りには人通りがない。万が一宅配の車が見えたときには、隠れればよい。
静かに、とメレンゲに言って聞かせ、音を立てずに扉を開けた。
家の前は、庭とは言いがたいが開けている。隣家もないので、ちょっとくらい遠くへボールを投げたところで、怒り狂う相手もいない。
「ほら」
軽く放ると、メレンゲはボールにむしゃぶりつく。
「こっち持ってこいって」
だが、彼は自分の足にボールが当たって動くのを追いかけるのが楽しいらしく、なかなか日高の元にボールを持ってこなかった。フリスビードッグなど、夢のまた夢である。
「楽しいなら、いいけどさあ」
「ワン!」
超楽しい!
呼応するように、メレンゲが一声鳴いた、次の瞬間、
「日高! 何をしている!」
早見の書斎の窓が開いて、大声で叫ばれた。びっくりして見上げると、彼の姿はすでにそこにない。そのまま猛スピードでドスドスと二階から降りてきて、玄関を開けると、もう一度怒鳴られる。
「勝手に外に出るんじゃない!」
「でも……」
日高の言い分をまるで聞き入れず、早見は部屋の中に強引に引き入れた。突然、訳もわからず一緒に怒られたメレンゲも、しょんぼりと後に続く。
「日高。君は外に出ちゃいけない」
「どうして」
どうしても、と、早見は言った。理由をひとつも教えてくれなかった。
彼の横顔から日高が読み取れたことは、焦燥。
ただそれだけだった。
>33話
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