ごえんのお返しでございます【17】

スポンサーリンク
ごえんのお返しでございます

<<<はじめから読む!

<<2話のはじめから読む!

【16】

 美希たちは、相変わらず教室の中心になっていた。

 今は、終業式前日の球技大会の話で盛り上がっている。誰がどれに出れば活躍できそうか、あいつは運動音痴だから足手まといだとか、当の本人たちが教室にいるにも関わらず。

 そもそも球技大会云々の前に、期末テストじゃないだろうか。

 言えばひんしゅくを買うことはわかりきっているので、何も言わない。彼らのことなんかよりも、僕には考えなければならないことがある。

 美希の双子の姉妹だという、美空。姉なのか妹なのか聞き忘れた。

 わがままな姉とおしとやかな妹。あるいは、おっとりとした姉と奔放な妹。

 美希の方にあまりよくないイメージの言葉を使ってしまうのは、彼女の日頃の行いゆえに、だ。

 今だって、クラスメイトをこき下ろす青山と渡瀬を止めに入るのは遠藤ばかり。美希は是も非もなく、笑っているのだから。

 双子だから当然、美空は僕たちと同い年だ。だが、高校は通っていない。一応、籍はあるらしいが、春休みに倒れてしまって、そのまま入院生活を送っているそうだ。一時的に家に帰ることはあるが、正式な退院の日取りはまったく決まっていない。

 どこが悪いのか。

 病気を嬉々として語るのは、年寄りだけだ。十代の女の子の身体の事情に深入りをするのは、デリカシーに欠ける。

 だから何も聞かなかったのに、僕の顔は雄弁だったのだろう。すべてのパーツの印象が薄いくせに、感情は顔面の神経すべてを素直に動かしてしまう。

『心臓がね、ちょっとポンコツなんだ』

 生まれたときからだから、もう慣れたけれど。

 微笑む彼女は、東棟の入院患者だ。心臓が悪いって、内科? 外科? 僕にはなんにもわからなかった。

『びっくりしたよね。美希ちゃんと同じ顔が、入院してるんだもん』

 幼い頃から心臓の病に苦しんでいた美空は、義務教育期間のほとんどを、院内学級で過ごした。中学からは、私立の中高一貫女子校に入れられたので、青山たちとは面識がない。

 その事実に、僕はなぜか深く息を吐いた。美希とは違う、美希よりも魅力的な女の子の存在を知っている男は、僕以外にいないのだ。

 早めに病室に帰らないと、と言う美空を、僕は引き留めた。

 これからもお見舞いに行ってもいいかな、と。

 パチパチと瞬きをしたあとで、美空は微笑んだ。おっとりと優しいものではなく、いたずらっぽい表情で。それは、美希により似ていた。

『名前、教えてくれたらね』

 人差し指で鼻のあたりをさされても、まったく気にならなかった。他の誰かに指さされたら、絶対嫌な気分になるというのに。

 むしろ、彼女の白く細い指が心配で、手に取ってしまいそうだった。爪も小さく、可憐だった。

 頬杖をついて、美空のことを思い出す。

 僕はあれから、放課後は毎日、美空のもとへ通っていた。糸屋での監視兼アルバイトのことは、横に置いた。篤久への罪悪感は多少あるが、唯一無二の姉妹である美空に対する、美希の態度への憤りが上回った。

『美希ちゃんともっと仲良くしたいのに、全然お見舞いに来てくれないから、寂しい』

 あんな女と仲良くする必要なんかない。

 学校では、自分に姉妹がいることを明かさず、見舞いにも来ない冷たい女のことなんて、もうどうでもいいじゃないか。

 自分の意見は、喉の奥へと引き戻した。むせてしまったのは、ただの偶然だ。突然のことに心配して、背中を擦ってくれる手が、小さくて可愛い。女の子の手だ。

 今も美空の手の感触をはっきりと思い出すと、にやにやしてしまいそうで、それを隠すために机に突っ伏した。

 代わりに、僕が毎日遊びに来るよ。

 僕の言葉に、美空は心から喜んでいた。紡くんが来てくれるなら、寂しくない。そんな風に言ってくれた。

 僕は毎日病室まで行き、彼女が元気であれば、ベッド横に椅子をぴったりとつけて座り、語らった。ちょっと手を伸ばせば触れられる距離だったし、勉強を教えることもあった。

 そのときは、ひとつの教科書や参考書を覗き込むために、肩が触れることさえあった。

 病室の清潔を極めた臭いの奥から、ふわりと香るのは石けん。清純なのに、わずかな興奮を誘う匂いを嗅がなかったフリをして、僕はそういうとき、勉強と関係ない雑談に終始するのだった。

 自分にも姉がいること(引きこもりであることは、伏せた)。学校でのこと。それから、変な店でバイトをしていること。

 糸屋の話は、肝心な部分はぼかした。普通の民家にしか見えない外観に、針や布はひとつもない、糸とリボンだけを売る店というだけで、美空は「面白いね。行ってみたいなあ」と、興味をもったようだった。

 赤や白の糸じゃなければ、釣り銭を五円に調整しなければ、ただの陰気な店だ。

 僕は顔を上げた。美希たちの話題はすでに移ろっていて、隣のクラスの担任の噂話になっていた。保健室の先生のことが好きでアプローチしているが、一ミリも相手にされない、どころか嫌われているんだとか。

 美希は笑っていた。

「あの先生、童貞くさいもんね。キモっ」

 美空ならば決して言わない陰口に辟易としつつも、僕は考えていた。

 店にあるリボンは、何色ならば美空に似合うのだろう。

 顔の造作だけは同じだから、美希の顔を伺いながら、シミュレーションする。

 けれど結局、似合うものというのは顔だけで決まるわけじゃないということに気がつく。内面が違いすぎると、表情も変わってくる。必然的に、外見には中身が立ちあらわれるものだ。

 僕は美希から視線を外した。

【18】

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました