可愛い義弟には恋をさせよ(12)

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11話

「ねぇ、兄ちゃん。覚えてる?」

「うん?」

 和嵩がぽつぽつと話し始めたのは、初めて二人でコスモワールドに遊びに来たときの思い出話だった。

 圭一郎は高校生で、行くならディズニーランドの方がよかったけれど、身体があまり強くない和嵩のことを考えて、近場に行くことにしたのだった。隣の映画館でアニメ映画を見てから、遊園地で遊んだのを覚えている。

「俺が初めてジェットコースター乗ったの、ここだったよね」

「そう……だったかな」

 観覧車から見下ろす景色の中に、そのジェットコースターのレールが見える。懐かしそうに目を細めて見つめる和嵩が、こちらを見ていないのをいいことに、圭一郎はぎゅっと目を瞑ってやり過ごそうとする。

「一人でジェットコースター乗れない俺に、兄ちゃんは付き合ってくれたよね」

 小学校三年生にもなってジェットコースターに乗れないなんて、弱虫だ。

 学校でからかわれて悔しい思いをした和嵩は、絶対にジェットコースターに乗ると主張した。平均身長ギリギリの和嵩が乗るには、保護者同伴が必須だった。キラキラした目で見上げられて、断ったら男がすたるというものだ。

「兄ちゃん本当は、絶叫系ダメだったんでしょ? なのに無理して乗ってくれて。あの頃からずっと、兄ちゃんは俺の味方でいてくれてるよね」

 ぐるぐる回って逆さまになることのない、上がって落ちるだけの単純な造りのコースターですら、圭一郎の三半規管は破壊された。小さな弟に心配され、ふらふらと園内をさまよう姿は、お化け屋敷から出てきたゴーストさながらであっただろう。

 昔話に心が和み、落ち着いてきた。うっすらと目を開けると、どこか緊張した面持ちの和嵩が、こちらを見つめている。彼の背後の景色は、少しずつ、しかし確かに高度を増して遠ざかっていく。

「兄ちゃん、俺」

『ご乗車中のお客様にお知らせいたします。安全な降車のために、運転を一時停止させていただきます』

 和嵩の言葉に被せて、係員の女性のアナウンスが流れた。同時に、言葉通り観覧車が停止する。わずかな揺れに圭一郎は身を強張らせ、つい下を向いてしまった。運の悪いことに、二人の乗るゴンドラは、ちょうどてっぺんに到達していた。

「和嵩。兄ちゃんはもうダメです」

「え? 兄ちゃん? 兄ちゃんどうしたの?」

 慌てふためく声を遠くに聞き、圭一郎は両手で自分の目を塞いだ。

「兄ちゃんが苦手なのは、絶叫系だけじゃありません……高いところ自体、ダメなんだよ……」

 消え入りそうになりつつ、圭一郎が弱点を告白したところで、「お待たせいたしました!」と明るい声が響き、観覧車は再び回り始めた。

 それから数分して、地上が近くなってきたことで、ようやく圭一郎は現実世界に引き戻された。

 何せ上空である。和嵩が「大丈夫?」と近づこうものなら、「待て! 揺れるだろ!」と、悲鳴を上げてストップをかける。おかげで後半は、お互いに無言で微動だにしなかった。

 ほっと息を吐いた圭一郎が、まずゴンドラから降りる。地に足がついた瞬間、安心したせいか、何もないのによろめいてしまった。

「兄ちゃん、ほんと大丈夫?」

 後ろから降りてきた和嵩が、ぐっと身体を抱き寄せてくれなければ、転んでいたかもしれない。こんなところで恥ずかしい思いをしなくてよかった。ありがとう。すぐに礼を言おうとしたが、和嵩の顔を見上げて、圭一郎は動きを止める。

「ん?」

 慈しむような視線が、自分に注がれている。ぎゅう、と心臓を掴まれた気持ちになって、圭一郎は和嵩の手から自然な形で逃れた。

 俺をときめかせて、どうするんだ……!

 予行演習のはずのお出かけが、今この瞬間にデートとして完成したような気がして、圭一郎の鼓動はしばらく、早くなったままだった。

13話

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