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<20話
結局呪われたというのは帝の狂言だった。問題はなぜ、そんなことをしたのかということだ。
桜花の隣に露子は座らされて、帝はその向かい側にいる。後宮では女が強い。へこへこしている帝なんて、朝廷にいる男たちは、見る機会などないだろう。帰ったら雨子に話してやろうとこっそり思う。
「なぜ嘘をつかれたのですか? しかもお父様まで巻き込んで」
あなた様の我儘に付き合うお父様もお父様ですわ、と憤慨している桜花が話を進めてくれるのを、露子は黙って聞いている。ここは口出しをしない方が得策であろうと判断した。
帝は確か俊尚の五つ下だから、二十五歳か。桜花とは結構な年齢差だが、帝は叱られた子供のようにしゅんとしている。
「すまない」
「謝罪ではなく、ご説明を。わざわざお姉様が宮中にいらっしゃったのですから、納得がいくようにお願いしますわ」
ぴしゃりとやりこめられ、帝は露子に向き直った。露子も背筋を伸ばして聞く体勢を整える。
兄君のためだ、と帝は語り始めた。
「俊尚様の?」
「そう。兄上は最高の陰陽術師だ。ただ、活躍の機会がなかなかないだけで」
俊尚について語る帝の目は熱く、遠くを見ていた。世間の評価とは異なり、帝は兄のことを当代一の術者だと心から信じている。
「兄上はそれで構わないと言うが、余は嫌だ。だから余が呪われて、それを兄上が助けたとなればきっと、兄君の妻も『きゃー、素敵、俊尚さまぁ』ってなるだろうと思って……」
「嘘をついた、と」
冷たい桜花の声に、帝はうう、と呻いた。
「兄君は妻のことを愛しているが、妻の方はそうではないと聞き、兄君が不憫で、つい……」
「つい、じゃありません!」
口論に発展しそうだったので、露子は慌てて口を挟んだ。
「あの!」
二人の視線が露子に集中する。
「……俊尚様は私のことなど、なんとも想っておりませんわ。主上の勘違いでしょう」
愛しいと言うのなら、あんな目はしない。贈り物だけやっておけばよい、という態度はありえない。
帝は彼の何を見て、俊尚が露子を愛していると思ったのか。優しさならばよっぽど、あの子の方が。
……何を考えているのだ、自分は。露子はゆっくりと首を横に振った。
露子の言葉に、帝は目を丸くし、「そんなことはないぞ」と否定した。
「三年前、余の後宮にそなたを入れるという話になったときに、兄上は珍しくも、うろたえていらっしゃった」
いつも冷静で穏やかなあの人が、怒っているような、悲しんでいるような目を見せた。帝はそう、静かに話した。
穏やかですって? 露子には決して見せない顔を、俊尚は弟である帝に対しては見せるのだろう。それでは何年も、何十年も一緒にいれば、露子にも見せてくれるだろうか。
帝は真っ直ぐ、曇りのない瞳で、露子を見つめる。嘘はない。彼は真実を言っている。では何が嘘なのか。答えはまだ、出ない。帝は雅やかな手つきで扇を取ると、露子を指した。
「露子殿。そなたは兄上のことを、知らないだけ。その真の姿に触れれば、兄上がそなたをどれほど愛しておられるか、わかるはずだ」
また、他人の唇から愛を告げられる。本人は何も言わないのに、周りがすべてお膳立てしてくれる。本当かもしれない。そう思ってしまう。けれど露子は冷静だ。
「お言葉ですが、主上。俊尚様が私を好いているはずは、ございません」
「なぜ。そなたは余の言葉を否定するのか」
国の頂点に立つ帝の言を否定することは、反逆罪と取られてもおかしくはない。露子は「お許しを」と頭を下げるが、自分がそう思う根拠を述べる。議論を重ねるときに男女の差や身分の上下は関係ない。言うべきことはきっちりと言わなければ。
「俊尚様と私は、結婚前に一度もお会いしたことはございません。それに、世間で知られている私といえば」
そこで一度、露子は言葉を切った。自分で言うのは情けなく、悲しいにもほどがある。
「……ひどい話しかございませんもの」
美しいと評判だった大貴族の娘。彼女を母に持つのに、十人並み、それ以下の凡庸な容姿の姫君。
入内が決まっていたにも関わらず、自ら髪の毛をばっさりと切り落としてしまった、気の触れた女。
根無し草のようにふらふらと生き、父の言いつけも聞かない。嫁にしても扱いづらい、浮草の君。
どれを取っても男の気に入る要素がないことなど、自分でもわかり切っている。
けれど帝は、怪訝な顔をして首を傾げた。そんなことはない。そなたと兄上は一度、出会っているはずだ、と言う。
「兄上は噂話に左右されるような人間ではない」
だから絶対に、露子と俊尚は一度出会っている。覚えていないか? と主張する。そんな馬鹿な。あんな背の高い美丈夫、一度会ったら忘れないだろうに、記憶にはない。
露子と帝の言い分は平行線だ。どちらも譲らない。このまま話をしていても、決着を見ることはない。
>22話
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