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<19話
終演後、ぐしゃぐしゃになった顔をクレンジング剤できれいにして、薫はようやく、ほっと息を吐きだした。
カーテンコールは呆然としているうちに、終わっていた。客席の反応もよくわからずにいた薫だったが、仲間たちから背中をばしばしと叩かれたことから、成功に終わったのだと知った。
じわじわと初舞台の実感が湧いてきて、薫は拳を握り、喜びのあまり天を突き上げた。
「っしゃ!」
明日、明後日もいい公演にしたい。いいや、しなければならない。思いを新たに、今日の感想を仁に尋ねようと思って、背の高い彼の姿を探す。
仁は、ロビーにいた。一人ではない。彼に食ってかかる男の後ろ姿を見て、薫は声をかけるのを一瞬、ためらった。すると、仁の方が逆に薫を見つけて、手を上げた。
「薫!」
心の準備ができていない状態のまま、仁にごちゃごちゃと文句を言っていた男が、一度動きを止めてから、ゆっくりと振り返った。
「遼佑……」
見に来てくれたんだ、と言うと、遼佑は赤い顔をして、ぶん、とそっぽを向いた。
「こいつがどうしても見に来いってしつこいから、仕方なくだ!」
驚いて仁の顔を見ると、彼はにたりと、人の悪そうな笑みを浮かべた。
なんと、仁と遼佑は、幼馴染の親友同士だった。現在通っている大学こそ違うが、地元では幼稚園から高校まで、ずっと一緒だったという。
何のことはない、薫が仁に相談をし始めた時点で、すでに彼は遼佑サイドからも、話を聞いていたのである。
「最初はお前が遼佑を弄ぶ気なんじゃないかって思ってたけどなあ、話聞いてたら本気っぽいし、それに遼佑も……」
「仁!」
怖い顔をして遮った遼佑に、仁は肩を竦めた。それから薫に向かって、「片付けはしなくていいから、帰れ。こいつとちゃんと、話をしろ」と、遼佑のことを突き飛ばした。
よろめいた遼佑は、ギロリと仁を睨みつけた。気にした様子もなく、仁は片付けと明日の公演の準備をしている仲間たちの元へと行ってしまった。
二人で取り残されて、薫は気まずかった。今回の舞台の主役は、遼佑と重なる部分が多すぎて、不審に思っていたのだが、ようやく合点がいった。
仁と遼佑が幼馴染であるならば、あの男のモデルは確実に、遼佑だ。そして男の経験したことは、多少の脚色はされているにせよ、遼佑自身の実体験なのだ。
仁の書いた物語を読んで、薫は自分が遼佑に殴られた理由を、正確に理解した。
『ものすごいタイプなんだよね、遼佑の顔』
顔について触れることは、遼佑の中で地雷となっていた。騙されていたこと以上に、トラウマをほじくり返すような言葉が、遼佑の怒りを買ったのである。
もう一度謝った方がいいだろうか。そっと薫が遼佑の顔を見上げると、彼はきまりの悪そうな顔で、視線を逸らした。よく見れば、頬には涙の跡が残っている。
「……泣いたの?」
思わず尋ねてしまった。遼佑は「うるさいっ」と薫の頭を小突いた。それがあまりにも自然なやり取りだったので、薫は笑った。
遼佑もまた、笑みを浮かべた。それから、「行くぞ」と薫を促した。
>21話
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