断頭台の友よ(93)

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92話

 オズヴァルトを家に招くことにしたのは、それから十日後のことだった。

 どうぞ、と招き入れるなり、彼は挨拶もそこそこに閉口した。診療所も一時閉め、引きこもっていたクレマンの心を表すように、部屋の中も荒れ果てていた。困惑を隠さず、オズヴァルトは「ブリジットは?」と、尋ねてくる。

 クレマンは心労が積もった結果、落ちくぼんだ目をぎょろつかせた。人とは目を合わせて会話するものであるというオズヴァルトの忠告を守っただけのつもりだったが、睨まれたと感じたのか、彼は一歩後ずさった。

 そこらじゅうに転がる酒瓶。中には中身が残っているものすらある。クレマンは拾い上げ、口の中に流し込んだ。あまり身体にいい味とはいえず、顔を顰めた。

「ブリジットは、実家に帰った」

「どうし……」

 持っていた瓶を、乱暴に流しに置いた。ぐちゃぐちゃと髪の毛を掻き乱しながら、クレマンはオズヴァルトを下から睨めつける。今度は意識的に。

「どうしてだって? そんなのわかってるだろう? お腹の子が流れたのがショックだったんだよ!」

 療育院の事件の後、青い顔をして帰宅したクレマンを、妻は気遣った。温かいものを飲ませ、話なら聞くという彼女を頑なに拒んだ。それでも、クリスティンの死は伏せてはおけなかった。少女の死は、療育院の管理体制に言及する形で新聞で大々的に報じられた。王都から少し離れた村であっても、そのニュースは届く。

 マイユ家で大切にされていると思っていた。娘とまでは言わずとも、将来、店で働く売り子として教育を受けているものだとばかり思っていたクリスティンが、療育院にいたのもさること、首斬鬼に惨殺されたのだと知ったブリジットは、倒れた。そのときに、腹の中の子供も。

「それからは罵倒の嵐さ」

 あなたが早く犯人を捕まえていれば、クリスティンは死ぬことはなかった。そう言われては、クレマンには反論の余地はない。

「そう、か」

 なんとも言いがたい、という表情でオズヴァルトはクレマンの愚痴をただひたすら聞き続けた。婚約者が殺されたオズヴァルトだって、本当はクレマンのことを責め立てたいところだろうに。

 クレマンは床にへたり込んだ。顔を覆い、さめざめと泣く。

「もう嫌だ……死んでしまいたい」

 オズヴァルトが息を呑むのを、敏感に察知した。クレマンはどこまでが自分の心中での述懐で、どこから独白になってしまっているのかわからないまま、自分の苦しみを吐露する。

 兄や母のことを思えば、自ら命を絶つことは考えられなかった。どれほど苦しんだとしても、村の人々と関わり、ブリジットと結婚したことによって、自分の死を悲しんでくれる相手ができてしまった。彼らを、特に妻を残しては逝けないと思いとどまっていたようなものだった。

 だが、今はどうでもよかった。妻は自分に愛想を尽かして実家に帰ってしまったし、心配して訪れる人々の見舞いも断っている現状、クレマンがたとえ死んだとしても、誰も悲しみはしないだろう。

 オズヴァルトは優しくクレマンの肩を抱き、背中を摩った。落ち着いた声音で、「お前が死んだら、俺は悲しいよ」と言う。そんな安っぽい慰めの言葉などいらない。クレマンは首を横に振った。彼の手を拒み、放っておいてくれというポーズを取る。

 しばらくそうしていると、オズヴァルトが離れるのを感じた。一瞬焦りを覚えたクレマンだが、堪えてじっとそのままでいた。するとしばらくして、オズヴァルトは「クレマン。一度落ち着こう。ほら、これ飲んで」と言う。茶を淹れてきてくれたのだ。ふわりと漂う香りは、彼の家で飲むものとは品質が比べものにならないほど悪いのだが、クレマンはブリジットと二人でいた日々のことを思い、泣いた。

 差し出されたカップを受け取り、クレマンはゆっくりと指を温めつつ飲む。舌にはぴりついた苦味と、柑橘の酸っぱい臭いを感じながら。

94話

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