孤独な竜はとこしえの緑に守られる(12)

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11話

 世界地図には、大きな蝶の形をした大陸が広がっている。

 東の羽を支配しているのが、このセーラフィール竜王国である。西半分を領土とする烈華(れっか)獣王国とは、良好な関係を築いている。

「獣王国からは茶や絹を輸入して、こちらは鉱石を輸出しているそうだ」

 図書室の本に書いてあった知識をそのまま言うと、自分より少しだけ年上と見える青年は、鼻白んだ。人間にしては高いが、ひょろひょろの薄っぺらい身体は、竜人には程遠い。

 自分の学びを馬鹿にされた気がして、ベリルは唇を突き出した。ジョゼフは面白がって、頭をぽんぽんと叩く。

 子供扱いされるのは面白くないが、気安い扱いを受けるのも今のうちだ。ベリルが妃として立つことは、二ヶ月後に迫った夜会で正式発表されるまでは、一部の者しか知らない。

 ベリルは名前しか伝えなかった。見るからに高そうな服装から、勝手にどこかの貴族の小姓という名目の愛人だと解釈し、ジョゼフは詮索してこない。

 彼は人間族で、王城の厨房で下働きをしている。王都に近い村に生まれ、幼い頃からきわめて優秀だった、らしい。

 自分で言うだけあって、ジョゼフは読み書きも完璧にできた(ベリルとは比べものにならないほど、達筆だった)し、四則計算も完璧だ。

 そんなジョゼフがなぜ、調理場で芋の皮を剥くことしか許されていないかといえば、ひとえに彼が、人間族であるがゆえだった。

 官僚になり、国を動かすことができるのは、竜人族に限る。法律で決まっているのかと聞けば、そんなことはないとジョゼフは言った。

『高等教育を受けることさえできれば、俺だって』

 人間族は近くの神殿で、読み書きだけは教えてもらえる。それ以上は自分で学ぶしかないが、その手段も限られている。ジョゼフは実家の畑を耕すだけの生活が嫌で、ドランまで家出をした。少しでも政治に近い場所を目指した結果、雑用係に甘んじている。

 料理長は竜人で、少しでも気に入らないことがあれば、食器が飛んでくる。本当にわずかな休憩時間、彼は寸暇を惜しんで学ぶ。

 調理場の外で、ジョゼフは迷子になっていたベリルと出会い、同じ人間族であることから仲良くなった。処分場に捨てられていたのを拾った本しか持っていないジョゼフのため、ベリルは図書室の本をせっせと運び、ともに学んだ。

 周りにいるのが竜人族ばかりのせいか、ベリルには人間族の常識がない。ジョゼフと話をすることは、足りない視点を補うという点で、有益だった。

 ジョゼフが地図を指す。西と東を繋ぐ狭くなった国境地帯を示して、「ここに関所がある」と言った。

「基本的に管理しているのは竜王国側のみで、密出国を厳重に取り締まっているんだ」

 南の翼王国や北の群島国家との国交は正式に開かれていないから、密出国者も密入国者もいてもおかしくない。だが、良好な関係を築いている隣国については、旅行や留学の許可を得ることも難しくはないと聞いていた。

 ジョゼフは首を横に振る。

「それは、竜人族だけ。連中は、この国から出て移住しようなんて思わないから、密出国する必要がない」

 セーラフィールは竜の国。竜人たちに都合よく造られてきた。人間族から教育の機会を奪い、好き勝手に国を動かしてきた。

「烈華獣王国は、この国ほど人間族を差別しない。ま、能力主義だって話だから、厳しいところもあるだろうけれど」

 だから、実力があると自負する人間族は関所を破り、隣の国へと亡命する。関係は安定しているとはいえ、裏では当然、お互いの国力を張り合っている。亡命ともなれば、人間族からの支持がないことを獣王国側にさらしてしまう。

 そのため、密出国に限り、関所で取り締まりを強化しているのだと、彼はまるで、見てきたことのように語った。

「ジョゼフも、向こうに行きたいと思う?」

 彼にはそれだけの能力もやる気も、備わっている。ベリルの不安な眼差しに気づいたのか、ジョゼフは軽い笑みとともに、肩を竦めた。

「ああ。まあな。でも、密出国するつもりはないよ」

 彼はくるくると地図を巻き直し、ベリルに渡した。休憩時間がもうすぐ終わるのだ。

「捕まって投獄される可能性の方が高いしな。お前がご主人様と一緒に獣王国に行くってときに、なんとか言いくるめて連れてってくれるのを待つさ」

 うーん、と伸びをした彼の背に、ベリルはもうひとつの道を告げることはできなかった。

 この国を変える。

 記憶喪失で出自不明の人間族を妃にしたシルヴェステルは、他の竜人族と違って、人間を一方的に見下したりしない。竜人だの人間だのを超越した、彼はある意味平等主義者である。根気よく訴え続けていけば、いつか。

 ジョゼフと話をしただけで、この国の見え方はガラリと変わった。どうか、彼の考えや気持ちを、シルヴェステルたちにも知ってもらいたい。

「じゃあ、またな」

「うん」

 振り返るジョゼフに手を振り、ベリルは唇を噛みしめる。

 妃が政治に口を出すものじゃないと、退けられる可能性も高い。安請け合いして彼を、人間族をぬか喜びさせるのは避けたかった。

 地図と本を抱えて、ベリルは図書室へと向かう。

 もっともっと、学ばなければならない。自分の言葉に力と責任を持つために。 

13話

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