薔薇をならべて(36)

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35話

「何描いてるの?」

 布団から起き上がることのないまま、荷物の中から引っ張り出したスケッチブックに絵を描いている涼のもとに、水を持ってきた香貴がまとわりついてくる。

 付き合うようになってから改めて感じるのは、この男は結構な甘えたがりだということだ。いや、最初からわかっていたことだけれど。そして同時に彼は、涼のことも同じだけ甘やかしたいと思っている。

 涼はけだるい身体を起こし、抱き留めてくれる香貴に背を預けた。

 秋も深まり、肌寒い季節だ。特に錦織家は夏に住みやすいように作られた古い邸宅である。暖房がついていても隙間風が入ってくるように感じて、しっかりと涼は掛け布団にくるまっている。

「この家の庭の設計図」

 バラの大苗を植えつけるのは、冬の一番寒い時期から春の初めにかけてだ。そろそろどんな品種を植えたいかを考えなければならない。育てやすい種類を選ぶつもりでいるが、家主の好みを反映させたい。

「どんなバラがいい?」

「涼さんが選んでくれるなら、なんでも」

 頬に降ってくる口づけは心地よい。くすくす笑いながら、「参考になんねえな」と、涼は悪態をついた。

「だって、一緒に育ててくれるんでしょ? それなら僕の好みもだけど、涼さんの好みだって大事じゃない? 違う?」

 涼の愛情をみじんも疑わない香貴は、恋人関係になってからはずいぶんしっかりしたと思う。世話焼きタイプの自覚がある涼との付き合いで、より一層のダメ男に進化してしまうかと思ったが、逆の結果になった。

 愛を受けたり授けたりは、一方的では成り立たないのだと自覚したのだから当たり前だけれど、ほんの少しだけ、頼りなかった香貴のことが懐かしかったりもする。

 ずいぶんと格好良くなっちゃって。

 見栄えだけじゃなくて、中身も伴ったいい男になりつつある香貴の髪の毛をぐちゃぐちゃに乱した。

「わっ!」

 そうすると、初めて会ったときのどうしようもない奴に戻ったように見えて、涼は笑った。

「そうだよ。俺が面倒見てやるよ」

 庭のバラも、お前自身も。

 スケッチの中に二人の名前を並べて書いた意味を、報復のキスに夢中になっている香貴はまだ、知らない。

 花が咲いたら、教えてやろう。それまでは俺だけの、秘密だ。

 唇を受け入れながら、涼は目を閉じた。閉ざした視界をいっぱいに埋めたのは、満開のバラの花。

 自分たちと同じ名のバラが、並んで風に揺れている光景だった。

 (終)

 

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