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<2話
六月一日付で、花房一里は司の教室に配属された。小さな教室だから、社員は室長の司と、花房のふたりきりだ。
「蓬田先生。こちら、花房先生」
上長である湧田がわざわざ花房を連れてきた。
初対面の感想は、「社長とあんまり似ていないな」だった。血の繋がりを感じさせるのは、背の高さくらいのもの。それも、背中を丸めているため、常に胸を張って颯爽と歩く社長とは、まったくの別人だ。
長い前髪も、教室に入ってきてから司と一切目を合わせようとしない様子も、小中学生の相手ができるのかと、不安に駆られる。
塾に通っているのは、おとなしい真面目な子どもばかりではない。やんちゃなタイプは、こちらが大人だからといって、簡単に言うことを聞いてくれるわけではない。高圧的になれとまでは言わないが、はったりでもいいから、自分が正しいから従えというオーラを醸し出すことが重要だ。
貧相な童顔で、どちらかといえば舐められがちな司は、いまだしっかりと目を合わせることのない花房を見て、心配になった。
「蓬田司です。よろしく」
そんな内心はにこやかに隠して、頭を下げる。会釈だから、長い時間ではない。すぐに顔を上げた司は、花房がこちらを見ていることに気づき、驚きに目を見開いた。
「えっ」
「どうしたの、蓬田先生?」
思わず声に出した司に、湧田は首を傾げた。
なんでもないです、と言いながらも、司は花房から目を離せなかった。
切れ長の、伏せると睫毛の長さが目立つ、美しい瞳。夜遅い時間でも光り輝いていたはずのそれが、どんよりと曇っている。
人違いか?
さっと彼の指に目を向ける。爪はあのときと違って伸びてはいないが、関節の骨ばった具合を、自分が見間違うはずもない。
何せこの二年半余り、ほぼ毎日のように顔を合わせていた男だったのだから。
>4話
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