孤独な竜はとこしえの緑に守られる(50)

スポンサーリンク
BL

<<はじめから読む!

49話

全部、思い出した。シルヴェステルたちと出会う前のこと、すべて。

 お転婆な王女のころころと変わる表情も、あまり自分に懐いてはくれなかったが、それでも気遣ってはくれた、やんちゃな王子のことも。

 それから自分と同じ顔をした弟の、懐かしい笑顔も――。

 もう二度と会うことのできない彼らと、夢の中とはいえ、再会することができたのは幸せだった。でも、ベリルの望む幸福は、そこにはない。

 自分が唯一幸せになれるのは、白銀の竜の隣だ。

 大暴れしている己が最愛を、ベリルは見上げる。あれほど愛しいと独占欲を露わにしていた男は、理性を失い、目の前に立っているのがベリルだということすらわからない。

 なんて悲しい。

 竜というのは大昔から変わらず、悲しい生き物だ。

 誰からも愛されない、理解されない。哮る声は、何かを必死に求める声なのだということを、ベリルは知っている。

 あの日、祖国を滅ぼした竜は、自由を求めていた。囚われの仲間ですら傷つけ、殺してしまうほど、荒ぶっていた。

 白蛇の介入がなければ、今の世に人間族はいなかったかもしれない。竜人ではなく、竜が天を翔ける。そんな光景が広がっていただろう。

 ベリルは両の手のひらを見つめる。愛する者を守るための力が、この手にある。

「白蛇が俺に力を分けてくれたのは、この日のためだったんだな」

 背後に庇うカミーユが、ベリルのつぶやきを聞きとがめて、名前を呼んだ。彼に微笑みかけて、「逃げて」と言い、ベリルは一歩ずつ、愛する竜に近づいていった。

 力ある生き物。化け物だと、人は言うだろう。何の感情も宿らぬ目に見据えられれば、肝が冷える。

「シルヴェステル」

 名を呼べば、目の前の竜は苦しみ始める。じたばたと身体を動かす度に、衝撃の波がベリルの頬を掠める。受け流せば、後ろのカミーユが傷ついてしまう。ベリルは竜にじりじりと接近する。

 自分を怖がらない得体の知れない者から逃げようと、竜は背中の翼を動かし、空高く飛ぼうとした。

 そうはさせない。ベリルは素早く竜の首根っこに抱きつくと、そのままともに飛び上がった。

「ベリル様! 陛下!」

 みるみるうちに、地上のカミーユが小さくなっていく。気ままな空の旅というほど気楽なものではないが、ベリルは意識がある状態では初めて飛んだので、心地よさすら感じていた。

「できればずっと飛んでいたいくらいだけど」

 それはまた、いつか。

 微笑んで、ベリルはシルヴェステルの急所を探す。

 実際に竜と対峙して戦うのは初めてのことだったが、竜の捕獲作戦の中心人物であった二号から何度も聞いていた。

『竜には弱点があるんだ。逆鱗っていうんだけどな』

 首に近いところに、よく観察しなければわからないほど見分けがつかない、若干色の異なる、逆さについた鱗がある。それが逆鱗だ。

『他の鱗と違って、攻撃が通る。もちろん竜自身も自分の弱点のことを理解してるから、一度攻撃すると死に物狂いで抵抗してくるんだけどな。一気に畳みかけてしまえばこっちのものさ』

 二号はとにかく明るかった。毎回最前線に送られることを、さも当たり前だと受け入れて、日常の一部に組み込んでいた。そんな彼の言うことである。必死に探すと、確かに周囲とは少し違う鱗があった。

「ここか」

 当然、ベリルはシルヴェステルを殺したいわけではない。傷つける力は、ベリルにはない。

 逆鱗に触れると、竜は嫌がって振り落とそうとした。なんとか堪えて、ベリルは手のひらからシルヴェステルに訴え続ける。

「俺は生きています。あなたの傍に、ずっといる。愛してる。愛してます、シルヴィ。だから、戻ってきて」

 力と愛情を注ぐ。白蛇に分け与えられたのは、竜の変化を促す力だった。怪我の手当に恩義を感じていた白蛇は、あの後、暴れる竜のもとに向かった。そしてこの力を使い、竜を人の姿に変えた。彼(あるいは彼女)にとって好ましい姿は、助けてくれた人間のものだったのだろう。

 それが竜人族のはじまりの物語。聖典に書かれたものとは違う、人間の側にいたベリルから見た物語。この話すら、真実かどうかはわからない。

 神話の再来を。白蛇の強大な力は、あの竜以外の者も人型に変化させることができたが、ベリルはシルヴェステルを元に戻すのが関の山だ。しかも、時間がかかる。何度も振り落とされそうになりながら、ベリルは「愛してる」と叫び、力を送り込む。

 逆鱗は肉体の急所であり、精神の急所だ。ベリルの愛情は、きっと奥深くで眠っているシルヴェステルにも届くはず。

「愛してる。だから、戻ってきて! シルヴィ!」

 ベリルの力と祈りが届いたのか、やがて竜の力が弱まっていく。あともう少し。もう振り落とされることはなさそうだ。

 だが、ナーガのかけた幻術もまた、根深かった。最後の一撃とばかりに、高い声で鳴いた竜は、大きく旋回し、首を振り回した。

 油断していたベリルは、慌てて捕まり直そうとしたが、遅かった。ぞわりとした浮遊感とともに、空に投げ出される。

 最後に視線が交わった竜の目は、久しぶりに見た空色に輝く光。今何をしてしまったのかを瞬時に理解して、絶望が広がるその前に、ベリルは叫んだ。

「俺は死なない! 絶対に死なないから!」

 落下速度を増していく。正気を取り戻したシルヴェステルが追いかけてくるが、自由落下をしている自分の方が、地面に叩きつけられる方が早いに決まっている。普通なら即死だが、ベリルには自信があった 

 ハラハラと見守っていたカミーユの悲鳴と同時に、ベリルの身体は大地に打ちつけられた。

51話

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました