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<52話
馬車では長旅になるところ、空を飛べばあっという間であった。
シルヴェステルは、空高くから落下したベリルの心の傷を気遣ったが、まったく平気だった。恐怖の記憶よりも、これからのことで胸の下あたりが痛い。
最初はゆっくりと飛んでいたシルヴェステルに、「もっともっと!」とはしゃいだふりでねだると、ぐんぐんと速度を上げていった。
半日もせずに降り立った場所は、ベリルの記憶にあるものとは違っている。周囲の建物はすべて崩れ落ちて廃墟となっているし、王女が気に入っていた庭園もない。
白蛇に連れられて行った森は、あの辺りだろうか。
今もなお鬱蒼と茂る緑に、ベリルは行ってみようという気にはならなかった。足を踏み入れることを拒まれる。なんだかそんな気がした。
シルヴェステルは、迷いなく足を進めるベリルのことを、後ろからただ見守っていた。本当は、聞きたいことだらけであろうに、自分から話し始めるのを待ってくれている。
唯一、建物としての外観を保っている遺跡に辿り着いた。シルヴェステルがいくら調査団を送っても、誰も中に入ることのできなかった場所だ。
ベリルは入り口の石に触れた。出てこられたのだから、入ることもできる。
「これは……」
ベリルにいざなわれ、封印された遺跡に足を踏み入れたシルヴェステルは、信じられないという目で見つめてくる。もはやこの鍵の仕組みや作製方法は失われてしまっているが、鍵は何も特殊なものではない。
「今後調査をするつもりなら、必ず人間族を連れてきてください。お偉い学者様は、反対するでしょうけれど」
ガレウスのことを思い浮かべたベリルは、苦笑した。この国が、竜人と人間が平等であればきっと、ここもすでに発掘調査が行われていたに違いない。ベリルは初めて、竜人族の差別意識の強さに感謝した。
この場所は、静かに眠る人たちの場所だから。
遺跡の内部は、そう広いものではない。一本道を辿り、奥へ。開けた場所に出ると、その先はいくつもの道に枝分かれしている。
ベリルはくるりと振り返った。
「ここは、あなた方が超古代文明を呼ぶ王国の、王族の墓所です」
多くの副葬品とともに葬られている王たちの墓に、脱走した竜を入れるわけにはいかない。だから、あの文明の技術者たちは、人間でなければ入れないように鍵を指定したのである。
「もっとも、俺の知る陛下は、ここにはいらっしゃらないでしょうけれど」
二人の子供と王妃をこよなく愛していた、最後の王。竜を飼い慣らそうとするなど、決して賢い人ではなかった。記録に残っていれば、愚王と評されるだろうか。それでもベリルは、彼のことを決して嫌いではなかった。
「ベリル……?」
シルヴェステルの声が震えているような気がした。彼が抱いていた孤独は、ベリルにも通ずるものがある。
「俺はここで、眠っていたんです。あなたに会うまで」
困惑した空色に、見つめられる。
どうか恐れないでほしい。この身がたとえ。
「俺は人間であって、人間じゃない。小さい頃に人体改造を施された、生体兵器なんです」
心臓は脈打つし、呼吸もしなければ生きていけない。けれどこの肉体は、普通の生命ではない。技術は国の滅亡とともに失われてしまったが、ベリルという成功作はこうして、何万年経っても残っている。研究者たちは本望であろう。
ベリルは淡々と、自分自身とこの国にまつわる物語を口にする。
白蛇の力によって、捕らえられていた竜たちは人の形を取るようになった。だが、国を直接滅ぼした白銀の竜については、あまりにも力が強すぎたため、中途半端な結果になってしまった。彼自身は人の身に落ちたが、竜の力をすべて除くことができなかった。その残滓が、竜の姿で産まれてくる、竜王たちであった。
彼はその強大な力で竜人たちをまとめ上げ、王となった。セーラフィールとは、彼の名である。そして、生き残った人間たちを奴隷とした。家畜扱いされてきた鬱憤を晴らすように、竜人は奴隷に辛くあたった。
偵察に訪れたベリルは、悲惨な状況に目を覆った。そして大切な姫君を、こんな目に遭わせるわけにはいかない。すぐさま隠れ家へと戻り、彼女に外へ出てはいけないと、厳しく言いつけた。外の世界の異常に気づいている王女は、渋々ではあるが、ベリルとの約束を守り続けた。
けれど、最後まで守り抜くことはできなかった。
白蛇の森に隠れ住むこと七年。王女は美しく聡明な少女へと成長した。しかし、竜人たちに見つかってしまう。
ベリルには、攻撃特化の弟とは違い、迎え撃つ手段がなかった。
ベリルは王族を身を挺して守ることが仕事。そのため、ありとあらゆる攻撃を受けつけない。庇護対象を逃がすために、あえて受けることもあるが、休めば傷は塞がり、回復する。
必死になって抵抗したが、王女ともども、仇であるセーラフィールのもとへと連行された。
>54話
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