孤独な竜はとこしえの緑に守られる(54)

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53話

「そこでセーラフィールは、王女を見初めました」

 竜は愛情深く、独占欲の強い生き物。それはあの暴虐な王も、例外ではなかった。王女は当然拒んだ。力尽くで事を進めたが、心までは落ちない女に、セーラフィールは苛立ちを覚えた。

「その怒りは、王女の傍にいる俺に向けられました」

 愛する女を手にかけるわけにはいかない。王女を育てたベリルこそが悪だ。そう激しく憎んだ竜王は、自分を殺そうとした。守備専門の生体兵器ゆえに、なかなか死なないベリルに、何十人もの竜人兵士を送り込んだ。

 逃げ続けていれば、痺れを切らした竜王は、王女を殺してしまうかもしれない。そう判断したベリルは逃げなかった。王女を守るために、楯になることを選んだ。同時に複数人からの槍を受け、傷だらけの肉体を引きずりながら、ベリルはこの王家の墓所へと逃げ込んだ。

「傷を癒やして、再び王女殿下を守ることができるようになるまでの休息場所として選び、力尽きました」

 たぶん、この辺り。

 しゃがみこんで、地面に触れた。血の跡すらすでに風化してしまっている。

「まさか、あれから何万年も経っているとは思わなかった」

 ベリルは苦笑した。ほんの数日眠るだけのつもりであった。傷が深かったせいか、それ以外の原因があるのか、ベリルにはわからない。

「俺が目覚めたのは、強い竜の波動を感じたからです」

 強大な力を持った竜が、再び奪いにくる。また破壊される。阻止しなければならない。兵器としての意識だけで、覚醒した。

 それが、出会いの日の真実。望まれずとも、シルヴェステルについていかなければならないと気負っていたのは、守護者の本能だった。

「ベリル」

 戸惑いに満ちた声が、耳に入ってくる。ベリルは立ち上がり、シルヴェステルを見上げた。

「俺はあなたの、竜王の敵です。人間じゃない。不死身の化け物なんです……!」

 ある年齢からは、見た目も変わらなくなった。ベリルたちを産んだ技術者は、「不老不死を達成した!」と、目の色を変えて国王に奏上したが、王は同じ処置を受けようとしなかった。彼は不老不死の生に訪れる、死にたくなるほどの孤独を予想していたのだろう。

 ベリルはひとりだ。目覚めた瞬間に、そのことを悟り、さらには交通事故もあって、記憶を失ったのかもしれない。知らなければ、絶望することもない。

「ベリル。それでお前はどうしたい? 私から離れたいのか?」

 優しい声と一緒に贈られる頬へのキスに感じるのは、独占欲を超えた愛情だった。自然と涙がこぼれ落ちて、彼の唇が流れるそばから吸い取っていく。

「く、国の平和のためには、離れた方がいいのかもしれない。でも、俺は……俺は……ッ!」

 あなたとずっと、一緒にいたい。

 ほとんどが嗚咽になって、言葉にならない心からの叫びを、シルヴェステルはきちんと聞き取ってくれた。強く抱き締め、「私もお前を手放すつもりはない」と、彼は言い切る。

 シルヴェステルの胸元に縋りついて、「でも」と、言い募るベリルの頭を、彼は優しく撫でた。

「お前が化け物だというのなら、私だってそうだ」

 孤独な魂同士が惹かれ合ったのだと、シルヴェステルはロマンティックなことを言う。

「お前が何者であっても。ベリル。愛している」

 理屈ではないのだ、と。

 本能で、愛し愛されるべき相手を見分ける竜の目は、空色に蕩けている。

 信じても、いいのだろうか。

 彼と、竜と一緒に幸せになっても、いいのだろうか。

 シルヴェステルはそういえば、セーラフィールによく似ている。もしもあの暴虐な竜王が、シルヴェステルが自分に向けるのと同じくらい、王女を愛していたのであれば……。

 いや、きっと、愛していたのだ。彼女の願いは断り切れなかったのだろう。今日のセーラフィール王国では、借金や犯罪以外の理由で、人は奴隷に身を落とすことはない。

 聡明な彼女は、竜王を愛の鎖で縛り上げ、飼い慣らしていったに違いない。亡き父王にはできなかったことを、やり遂げたのだ。

 彼女なら、「仇と愛し合うなんて!」と、憤慨しつつも、最後には笑って、「あなたがこの国を幸せにしなさい」と、許してくれそうな気がした。

「シルヴィ。愛してる……」

 涙で滲む目を閉じて、ベリルはシルヴェステルの唇を受け止めた。

55話

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