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<66話
クレマンは再度、遺体を眺める。イヴォンヌもずいぶん細いと思っていたが、それでも彼女はまだ、好きな物はきちんと食べていたからましだったのだと少女の亡骸を見て思った。明らかに栄養が足りていない。
先日行った東の孤児院の子供たちの頬はふっくらとしていたが、それほど寄付金の額に差があるのだろうか。国からは一律で同額が出ていると聞いているが、寄付金については公表されていない。
外に出ると、これもまた東の孤児院とは違っていた。子供たちが部屋の中でじっとしていないのだ。職員による統率が取れておらず、年かさの子供たちが率先して、ひそひそと話をしながら、死体見物の機会を窺っている。
「この現場を最初に発見したのは?」
事件の発覚時間もおかしい。子供が朝食の場に現れなかったら、普通は心配して、探しにいくのではないか。発見が昼になったのは、職員が子供たちに興味を持っていないということの表れだろう。この孤児院で育つ子供たちの将来が心配になった。
クレマンの問いかけに、同僚が顎で指したのは、被害者と同年代の少女だった。やはり小柄で、とても痩せている。友達であり家族である少女の死体を発見した打撃から子供返りでもしたのか、ずたぼろのぬいぐるみを抱き、親指を舐っている。
「あれじゃあ、話も聞けないだろ」
とは言うが、クレマンは諦めず、近づいた。元気いっぱいの子供の相手は経験がないが、体調が悪い子供の相手ならば、なんとかなるかもしれない。屈んで少女の目を下から見つめ、「こんにちは」と挨拶をした。同僚は勝手にしろとばかりに呆れている。
少女は反応を示さなかった。根気よくクレマンは話しかける。名前を聞いても、年齢を聞いても、視線をきょろきょろとさまよわせるだけだ。
「この子は、友達?」
唯一顕著に反応したのは、持っていたぬいぐるみに触れたときだった。
「やっ!」
奪われると勘違いした彼女は、強くクレマンを拒絶した。
「ごめんね。いきなり触ったら、この子も驚いてしまうよね」
自分だけではなく、ぬいぐるみにも謝るクレマンを、少女は不思議な生き物を見るような目つきでじろじろと見つめた。
「おじさん、だれ?」
悲しいかな、クレマンは風邪を引いて機嫌の悪い子供からおじさん扱いをされることに慣れていた。背後で同僚が噴き出したのを黙殺して、おじさんで通すことにする。せっかく口を開いてくれたのだから、この機を逃すわけにはいかない。
「おじさんは、クレマン。君はなんていうの?」
「……クリスティン、ちゃん」
恥ずかしがってぬいぐるみで顔を隠した少女の名前かと思いきや、ぬいぐるみの方の名前らしい。何度待っても彼女自身の名前は教えてくれないため、便宜上少女のことをクリスティンと呼ぶことにする。
>68話
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