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<9話
土曜日の中華街は賑やかだった。日本語だけじゃなくて、中国語も聞こえてくる。駅にあった地図を片手に、行き当たりばったりで食べ歩きを楽しんだ。
「そういえば俺、タピオカって飲んだことないや」
テレビで見た通りの、若い女性たちの行列を眺めて圭一郎は発言した。自他ともに認める甘党であるにも関わらず、なんとなく女性だらけの場所に行くのは気が引けた。
店から出てくる人々の手にしたドリンクを見ている圭一郎に、和嵩は微笑む。
「並ぶ?」
返答をする間もなく、和嵩に腕を引かれ、行列の最後尾につく。男二人で並んでいるのは自分たちくらいだったが、和嵩が楽しそうなので、圭一郎は「まぁ、いいか」と大人しく順番を待った。
途中で回ってきたメニュー表を見ながら、顔を突き合わせて相談する。サイズはもちろん、甘さやタピオカの量を調節できるし、氷の量まで決められる。スタバのオーダーよりも難しいのではないだろうか。
圭一郎が目を白黒させているのを見兼ねて、和嵩は「俺が注文してあげるよ」と言う。圭一郎はサイズだけ選んで、あとはすべて丸投げである。
オーダーはやはり、呪文に聞こえた。すぐに出てきたドリンクは、ストロベリーミルク。タピオカだけじゃなくて、崩したチョコレートクッキーとクリームが一緒に入っている、甘党仕様だ。
一口飲んで、その甘さともちもちのタピオカの食感に、圭一郎は笑顔で弟を見上げた。
「めちゃくちゃ俺好み!」
和嵩は抹茶ミルクを飲みながら、「でしょう?」と胸を張った。
「俺は、兄ちゃんのことならなんでも知ってるからね」
「お……」
俺だって、と言い返そうとして、言葉が続かなかった。
弟のことをすべて理解していると思っていたけれど、圭一郎は何も知らなかった。和嵩がゲイであることを誰にも言えずに、好きな人に告白できずにいることを。
きっと、苦しんでいたはず。
今、圭一郎の隣にいる和嵩の顔は晴れやかだが、ひょっとして、無理をしているのではないだろうか。
その疑いから、圭一郎はじろじろと弟の顔を見つめる。
「ん」
視線に気づいた和嵩は、自分のドリンクを圭一郎に差し出した。物欲しげな視線を向けられていると、捉えたのだろう。
俺ってそんなに、食い意地張ってると思われてんのかな。
少々ショックを受けながらも、圭一郎は餌付けされた犬のように、渡されたタピオカのストローを銜えた。抹茶ミルクは和嵩好みにカスタマイズされていて、圭一郎には少し、物足りなかった。
>11話
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