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<28話
夕飯の後、日高はテレビの電源を入れた。ソファに並んで座り、メレンゲがおもちゃと戯れているのを見守りながらの団欒は、一日を締めくくる大切なイベントだった。
テレビを見ることもあれば、ゲームをすることもある。日高はもちろん、最近は早見の腕も上がってきている。
食後のほうじ茶を淹れた日高は、早見の隣に腰を下ろした。真夏とはいえ、夜の山は冷える。温かい飲み物は、欠かせない。
バラエティ番組のゲストは、若い女優だった。可愛いというよりは、美人系。あいにく、日高は名前を知らなかった。これもまた、パラレルワールドゆえだろうか。
隣の早見を窺うと、彼はぼんやりしていた。内心でホッとする。好みのタイプの女性は、この中にはいないらしい。
女優の出演理由は宣伝であった。司会のお笑い芸人(こちらは見覚えがあった)に話を振られた彼女は、カメラに向けてとびきりの笑顔を向けた。
『今度公開される映画は……』
同時に映し出される予告編の映像に、日高の目は釘づけになる。手元に置きっぱなしの文庫本を取り上げて、早見に指さして確認をした。
「これ、映画になるんですか!」
女優はテレビの中で、「早見岳先生の……」と、彼の名前を口にしている。同じタイトルの全然関係のない作品、というオチはない。
日高は「すごいすごい!」と、何度も繰り返した。興奮が伝わったのか、足元に寝そべっていたメレンゲが、くるくるとその場で円を描き歩き回る。
「見に行きたいです!」
日高が外に出るのは、メレンゲの散歩のときだけだった。当初の約束通り、早見も必ず一緒である。だいぶこちらの生活にも慣れてきた。距離をとって歩けば、周りはたいした関心を向けてこないのではないか。
何よりも、実の弟のように甘やかしてくれる早見である。日高が自分の関わった作品を見たいと熱心にお願いすれば、聞いてくれるはずだ。
だが、早見の反応は冷淡であった。
「すぐには無理だが、そのうち配信もする予定だ。便利になったものだな。DVDになるのを待たなくても、すぐに見られるぞ」
違う。そういうことじゃない。
配信で見るのと映画館で見るのとでは、迫力も違うだろうし、何よりも、他の観客の反応も見てみたい。
そう追撃しようとした日高をはぐらかすように、早見はテレビのチャンネルを適当に変えた。
日高は口を噤む。これ以上、映画の話をしないでくれ。彼の横顔は言外に、けれどはっきりと語っている。
>30話
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