臆病な牙(16)

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15話

 駅前のコンビニを見る度に、慎太郎のことを思い出して悲しくなってしまうので、冬夜は昼間であっても、店に立ち寄らなくなった。

 不便といえば不便だが、電車に乗る前に買い物を済ませてしまえば、わざわざ行く必要もなかったし、早い時間なら駅前のスーパーマーケットも開いている。

 あの日、一人で逃げ帰ってしまったため、その後の橋本と香山への説明が大変だった。

 親友だと思っていたのに、あんな女と付き合っていることも知らなかったし、そのために自分を避けてきたのにも腹が立ったのだ、と冬夜は言った。

 肝心なことは一つも言わない冬夜の説明に、橋本は普段から適当な人間なので、さして気にすることもなかったようだが、香山は違った。

 二年生のサークルメンバーが集まって、来月の慰問に関する話し合いをしている今だって、議長を務める冬夜に、じっともの言いたげな視線を向けている。

 冬夜は彼を無視して、話を進めていた。冬夜にとっては幸いなことに、一年のメンバーや今この場にいる女子メンバーは、目立つことが好きだったので、自分は裏方に徹することができそうだ。

 自分が表に出なくてもいいように会議を誘導していくのも、香山は不満なのだろう。

 なんとか話し合いが終わって解散したものの、香山は動かなかった。全員が部室から出て行って、冬夜の元にやってくる。

「月島」

 どう返事をしようかと、迷う暇はなかった。バン、と彼が机を叩いたので、冬夜は驚いて顔を向けることしかできなかった。

「逃げるの?」

 香山の目は真剣な色を帯びている。へらへらと愛想笑いを浮かべて逃げることは、許してもらえそうにない。

 そもそも「逃げる」の対象を、彼は何だと捉えているのだろうか。

「サークルの活動からも、こないだの人からも、逃げるの?」

 答えない冬夜に対して、香山は更に追い詰めるような問いかけをする。

 冬夜はキッ、と香山を睨んだ。多くの人間は、ただでさえ迫力のある三白眼が、怒りに吊り上がっていれば怯む。

 だが、香山は動じることなく、「答えがないってことは、イエスと取るから」と言った。

 そうなってしまえば、冬夜は開き直ることしかできない。肩から力を抜いて、息を吐きだす。

「俺が逃げたからって、香山には関係ないじゃん」

「あるよ!」

 力の籠った声だった。香山にとって冬夜は、サークルが同じという繋がりしかない友人に過ぎない。個人的に遊びに行ったこともなければ、お互い家に呼んだこともない。

 サークル内の責任ある立場にある冬夜に対しての苦言は、まだわかる。けれど、冬夜と慎太郎の関係に、香山は無関係だ。

 お節介なのはわかってるけど、と前置きしたうえで、香山は冬夜が逃げた後の、あの日の慎太郎について語った。

「あの人、俺と橋本に頭下げたんだよ。月島のことを深く傷つけたから、もう自分は彼に会えない。だから、月島のことお願いしますって。とても優しくて、傷つきやすい人だから、って」

 表情豊かな慎太郎は、嘘をつけない。本当は沈んでいるのに、無理矢理笑顔を浮かべて、香山たちに話しかけたのだろう。その様子が、目に浮かぶようだった。

「それに、あの人こうも言ってたよ」

 ――冬夜くんは、僕にとって、大切な人だから。

 香山は、慎太郎の想いを少しでも伝えようと、おそらく彼の声に含まれた感情を再現しようと努めていた。

 宝物にそっと触れるような声は、冬夜の頭の中で再生された。

「慎太郎……」

 ぼそりと彼の名を呼んだことで、香山は勢いづいた。冬夜の肩を掴み、揺さぶる。

「あの人、女の人を先に帰してたし、たぶん誤解があったんだよ。ちゃんと二人で話せよ」

 ガクガクと揺さぶられて、冬夜の頭も揺れ、頷いているような仕草になってしまう。冬夜は、「でも」とまだ決心することができない。

 今まで冬夜がコンプレックスに思ってきたのは、自身の目つきの悪さについてだった。しかし、女と歩く慎太郎を見て、自分の心の中にまで、醜い部分があることに、気がついてしまったのだ。

 慎太郎を独占しているという思い上がりに、それを裏切られたことで芽生えた嫉妬心。

 そんなもの、いつだって笑ってやり過ごせていた。あの場面だって、笑って「彼女?」と聞くにとどめておけばよかったのだ。

 冬夜は彼らのツーショットを通して、自分たちの姿を客観的に見てしまった。

 王子様と従者? そんなレベルではない。貴公子と野獣と言ってもいいくらい、落差がある。

 慎太郎と美女は、お似合いだった。黙って見守ることが、冬夜にはどうしてもできない。むき出しの醜い感情を、慎太郎に向けてしまう。 

 彼が優しいと言った心までもが、全部醜くなってしまったような気がする。そしてそれを、慎太郎に悟られるのが怖い。

 冬夜はそんなことを、ぽつぽつと香山に言った。すると彼は、呆れたように溜息をついた。

「月島は、自分に素直になりなよ。それって、あの人のこと誰にも渡したくないくらい、好きってことだろ」

 親友という存在以上に。

「親友、以上……」

 他人の目からじゃないと、わからないこともある。

「恋してるんだって思ったら、そんな嫉妬心なんて、可愛いもんじゃないの?」

 慎太郎が半吸血鬼だと知り、自分から血を提供しようと思ったのも、彼が知らない女性と歩いているのを見た瞬間のショックも、理由付けは簡単だった。

 恋、のたった一言で済む。 

 わざわざ彼に会うために、コンビニに通って小さなチョコレート菓子を買っていた、あの最初の頃から、きっと自分は、彼のことが好きだった。

「あ……俺……」

 どうしよう、と呟いた。頭の奥がぽわぽわしている。冬夜の表情変化に、なぜか香山まで、赤くなっていた。恥ずかしい奴だと思われているに違いない。

 無性に、あのチョコレートが食べたいと思った。ただ甘いだけのチョコは、慎太郎の優しさそのものだ。

『冬夜くんは、とても優しい』

 そう言ってくれた彼の想いに報いるためにも、冬夜は自分の殻を、打ち破りたいと思った。

17話

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